と思っても今の日本であっては、これは帽子屋へ走るような具合にうまく早速の間には合い難いのだ。それは額縁がないからではないが本すじのものがないからだ。
額縁屋を現在の帽子屋と比較するとまず時代からいって前者は三、四十年も遅れているようだ。帽子は同じく西洋から起こったものではあるがそれは目下支那、日本、南洋、インド、ペルシャ、とにかく地球上での文明を持つ国では一様に帽子を冠っている。ちょうど123の数字が地球上に拡がっている如く帽子は拡がっているのだ、そして帽子屋は世界中のどんな小都市にまでも行き渡っているのだ、その形式も流行とともに多少の変化はあるが帽子の本すじは伝統的に一つの形式を作っているようである。
油絵の額縁もその通り世界中に拡がるべき性質のものだ、油絵を日本の表装仕立てなどしてはとうてい嫌味で滑稽だ、お座敷洋食となり、茶人の帽子となり神代杉となって怪しからず嫌味で下品なことになってしまう。
額縁の様式も昔から勝手気ままに造ってはいけない形式と伝統があるのだ、それは額縁の通人山下新太郎氏に聞いてもらえばすぐわかるのだ、そして、ああでもないこうでもないと何世紀の間に造られて統
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