でさえも、会話は全く厭《いと》う思いをしつづけたものだった。生れついて日本語でさえなかなか考えても口へ出ないのに、日常何んの必要もない英語がさようにすらすらと出る訳はないのだった。ところでフランス語だ。今度は必要だという上から考えて、私はやむをえず近所の語学の先生の許《もと》へ通って漸《ようや》く読本《とくほん》の一冊を習得してしまったのだ。それと同時に乗船の日が到来したのだった。
船へ乗って見ると、あらゆる日常生活が激変した、かつて着た事のない洋服を着たものだからネックタイが一人で結べなかった。私は毎朝同室の医者と政治家とに交々《こもごも》結んでもらったものである。それから日に日に新らしい事物に出会う応接と、その船には九人の画家が乗り合せた関係上なかなか以《もっ》て語学の勉強どころの騒ぎではなかった。とうとうマルセイユへ到着するまで、読本巻の一は、カバンの底へ組敷《くみしか》れたまま、印度洋の湿気でベトベトになって巴里《パリ》の下宿屋の三階で初めて現れた。
さような不勉強から、折角習ったフランス語も船中で全く奇麗《きれい》に忘却してしまって、上陸の際はぐっ[#「ぐっ」に傍点]とも
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