州音頭や女の軽業に、より多くの興味を持つようになった。
今の時代は結構だ、人間の裸身を観賞する自由が多少とも、与えられて来た、女身の美しい発達を美しいと見る事は頗る当然の事として許されるようになった、今の時代の男たちは海女の手踊りを見に行く必要がなくなって来たようである。
例えば海水浴へ行っても、何んと結構に美しい無数の足の動いている事だろう、われわれの展覧会の裸女は、それでも時々陳列を拒まれる場合もあるが、大体において観賞の自由が与えられて来た。街路では洋装の裾《すそ》から二本の足が遠慮なく出ている、電車の釣革《つりかわ》から女の腕がぶら下る、足の美しさがグラビヤ版となって世界に拡《ひろ》がる、そして娘の足は、太く長く美しさを増して来た、思えば日本の昔は窮屈であった。
昔、ある正月前の寒いころだった、私は千日前《せんにちまえ》をあるいて海女の手踊の看板を見た、髪をふり乱して、赤い腰巻をした海女の一群がベックリンの人魚の戯れの絵の如く波に戯れているのである、それが頗る下品な、絵であったが、しかし遊心《あそびごころ》だけは妙に誘う処の絵であった。
私は以前から一度入って見たい
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