んと増します。
しかしながら八卦見は自分の神経が一体どんなものかということは一向知らぬものであります。
[#地から1字上げ](「マロニエ」大正十四年六月)
油絵と額縁
自分の気に入った作品は何とかしてそれに似合った額縁に入れたいと思う。人間が帽子を買うということでさえ随分しばらくは考えるものだ。世の中の人がまったく自分に似合った帽子を買って冠っているを見て常に私は感心しているのである。
紳士は紳士、婚礼や葬式の山高帽子、紙屑屋は紙屑屋、探偵は探偵、絵描きは絵描き、茶人は茶人、不良少年は不良らしく、各々その個性にしたがって、自発的に帽子の種類をちゃんと択んでいるから感心だ。またそのソフトや鳥打ちの凹まし方や冠り方等も、皆それぞれの注意が職業や趣味によって工夫されているようだ。いつか広津和郎氏が築地小劇場風の冠り方ということを手真似までして話してくれたことがあったが、なるほどその鳥打ちの冠り方はさも左様らしくあったので大変面白いと思ったことがあった。
左様に人間と帽子との関係が密接なように、絵と額縁との関係も密接に行かなければならないのだ。ところでわれわれが額縁を買いたいと思っても今の日本であっては、これは帽子屋へ走るような具合にうまく早速の間には合い難いのだ。それは額縁がないからではないが本すじのものがないからだ。
額縁屋を現在の帽子屋と比較するとまず時代からいって前者は三、四十年も遅れているようだ。帽子は同じく西洋から起こったものではあるがそれは目下支那、日本、南洋、インド、ペルシャ、とにかく地球上での文明を持つ国では一様に帽子を冠っている。ちょうど123の数字が地球上に拡がっている如く帽子は拡がっているのだ、そして帽子屋は世界中のどんな小都市にまでも行き渡っているのだ、その形式も流行とともに多少の変化はあるが帽子の本すじは伝統的に一つの形式を作っているようである。
油絵の額縁もその通り世界中に拡がるべき性質のものだ、油絵を日本の表装仕立てなどしてはとうてい嫌味で滑稽だ、お座敷洋食となり、茶人の帽子となり神代杉となって怪しからず嫌味で下品なことになってしまう。
額縁の様式も昔から勝手気ままに造ってはいけない形式と伝統があるのだ、それは額縁の通人山下新太郎氏に聞いてもらえばすぐわかるのだ、そして、ああでもないこうでもないと何世紀の間に造られて統一した合理的な美しい種類が出来てしまっているのだ。
フランスあたりの額縁屋の店を覗くとその職人が、さものんきそうに彼らの店さきで、ゆったりした顔をして美しい縁をつくっているのを見受けると、まったく羨ましい気がする。並んでいる無数の縁は安ものの仮縁でさえちゃんと正確なクラッシックな心がその一つのカーブにまで現れているようだ。
また古物の素晴らしいのが見たければ古縁屋へ駆けつければいいのだ、階下も階上も、涎の止め難い素晴らしくよい味の額縁でうずまっているのだ、あらゆる形式と種類で埋まっているのだ。
またパリの夜店などあるいてみると汚ない小道具屋によくビッシエールなどの使っている古い額縁などの味のよいのが発見されるのだ、何という便利さだ、絵が出来た縁がほしいと思う、額縁屋へ走る、仕入れのものでも何かがある、ピッタリと合う、うれしいというわけだ。われわれは贅沢はいわない、すっきりとした、正当な、本すじでさえあればそれが仮縁でも何でも喜ぶのだ。
ところで日本の現在ではどうだ、田舎の万屋で山高帽子を買っているようなものだ、何といっても品物は三個しかありませんから我慢しといて下さいというふうだ、で仕方がない、多少インチも合わず古臭いが新聞紙でも入れて我慢しようということになるのだ、いつも我慢と辛抱で通すのだ。
人間はあまり我慢と辛抱をしていると神経衰弱にかかるものだ、恋愛の相手が見当たらぬようなものでいらいらするのだ。
額縁は帽子ほど万人が皆冠るものでないから三十年も時代が遅れるのも無理はないが、今少しわれわれの帽子屋が出来てくれてもいい時代だろうと思うのだ。
私達は毎日の必要に迫られているのだから、まったく贅沢なことは望まない、味のいいものなら竿縁で沢山なのだ。プツリプツリと切って早速組み合わせてくれればそれでいいのだ、四隅の合せ目など一分ぐらい隙が出来たって、そんなことは問題ではないのだ、本すじのもの、いい味のものがほしいのだ。
私は止むを得ない要求から昔、日本へ渡った湯屋や散髪屋の古鏡の出ものをあさることを始めた。それはそのクリカタや凸凹の味が本すじなのだ、全体の光沢が金属的なのだ、この金属的が有難いので、日本製のものはクリカタでも模様でもジジムサイのだ、ハリボテの感じがするのだ、職人が味ということを知らないのだ。第一に誠意がない。
私はしかしながら、ぜひ
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