か》らない、それというのが、どうも自分の仕事がほとんど売薬とか雑貨とかいう風に、店を開いて待ったとしても、向うから自発的に買いに来る人が一人もなかったりする事からさように思えるのかも知れない。第一絵描きは職業として一定の名前すら、はっきりしていないように思う、定《きま》った名があるのかも知れないが私はまだ知らない。
区役所の届けとか何かの場合にしばしば、御職業はと聞かれる事がある、私はそんな場合、変な気がして早速返事が口へ出て来ない、どうかすると無職ですと答えたりして後でいやな気になる事がある。
大体我々仲間でならば、絵描きとか、画家とか、ぼんやりした事で通っているようだが、一体本当の職業としての名は何んというのかと思う事がある。
私は一度区役所へ何かの用件で行った時、その帳簿をのぞいて見た事がある、すると、そこには小出楢重《こいでならしげ》画工と記されてあった、すると区役所とか国家としての名称は画工というのが本当かも知れない、しかしそれも現代の日本画西洋画の絵描きは、ことごとく皆区役所へ行けば画工となっているのか、その辺は私によくわからないが、何んとか一定されているに違いないと思う、あまり必要でもない事だから知らずにいてもすむが時々|可笑《おかし》く思う事がある。
私は十幾年以前奈良の浅茅《あさじ》ケ原《はら》で泥棒のために絵具箱とトランクを盗まれた事がある、その泥棒がつかまって、私は警察署へ出頭して絵具箱を頂戴《ちょうだい》して帰った、その時奈良の新聞には古い都だけあって、油絵師何某とかかれてあった。
油絵師などなかなか結構な名称ではあるが近代のお河童《かっぱ》連には少し似合わない気がする。
所得税
絵描きが、まだ職業であるかどうか自分でもはっきりしないうちに、私は所得税を支払うべき身分となってしまった、これは国民として慶賀すべき事で当然の事である、だが、肝腎《かんじん》の所得が怪しいから閉口する、私は、性来の健忘症と不精から、所得の申告というものをうっかり捨てておいたのだ、すると、私の収入をちゃんと見抜いて、それだけの税金が申渡された、しかしそれが、私の所得のまずかなり正確な処を見抜いてあったのには驚かされた、さすが専門家だと思った、私よりも税務署の役人の方が、私の財布をよく知っていそうな気さえした。
するとまた次の年が来た、再び不
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