うち自分がその穴へ這入《はい》って見たり出て見たり、最も高く銀色に輝く頂点へ立って見たりしていても、決してその莫迦《ばか》らしき想像を冷却すべき寒気がない。あるいは彼女と共に海辺を、森を、午前三時まで散歩しても、決して風邪を引かない。もしそれ抱擁せんか、多少の汗ばみたるは、夏の夜を更に香ばしく調子づけはしないだろうか。
とかく、秋の天候は変化に富み、折角の一年の月が曇らされてしまう今宵《こよい》ともなりがちだ。さように稀《まれ》な寒い月を求めずとも、私は盆の頃の少々まだ土用の熱気のために逆上してはいるけれども、八月の月を遠慮なく眺める事をすすめたい。
とはいえ私も考えて見るに、あまり寒からず曇らず、あまりに平凡に電燈の如く輝いているが故に、おやいい月だといってしまうと同時に、われわれはすぐ退屈を感じて月の事はもう天へ預けておいて、勝手な事をして遊んでしまう。
かの、四、五人に月落ちかかる何んとかいう言葉は、全く盆踊のために忘却されたる月が天に一つころがっている感じがよく現れていると私は思う。
完全に忘れられたる月を私は巴里《パリ》で見た。モンマルトルやサンゼルマンの夜の空に、三
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