、私の考えではフランスの芸術の雰囲気があり、因ってボアイエーの画才を発揮せしめたものだと思う。
要するに、伝統ある国では正道の技術が空気の中に溶け込んでいるがために、従ってその空気を吸うている国民は皆知らぬ間にある程度の技術を知っているともいえる。
巴里は奈良漬の樽《たる》のようなもので、あの中へ日本人をしばらく漬けておくとどんな下手でも相当の匂いにまで到達する。日本の現代にはまだ酒の粕《かす》が充分国民全般にまで浸み込み行き渡っていない。従ってよほど本格的の勉強をやらないと相当の匂いをすら発散する事は容易ではない。
最近の雑感二つ
近頃、時々閉口さされるのは宴会とか何かの場合、その席上において重役とか、幹事、来賓総代とかいう男が、多少粋に気取ったつもりか何かでだらだらと長いあかだらけの漫談を一席試みることが流行することである。
大体漫談というものは散歩の如く目的もなく、歩むだけの性質を持っているところから本人が多少いい気になって、うれしがると自分でいったことを自分で感心してしまって自己陶酔を始めたりするので、来賓が皆あくびをしていても頓着なく、一人うれしく話を長びか
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