ある国ではまだ歴史が浅く古き伝統が日本の空気に溶解していないがために、全くの無技巧者が非常な芸術を生む事にまでは到達していないようである。
日本にはまだ、全般に行きわたり人間に浸《し》み込んでしまうだけの洋画芸術に、歴史と伝統と雰囲気《ふんいき》が形成されていないが、西洋では、代々の遺伝と雰囲気が人種の中に浸り切り行き渡っている。そこで正道の技術を習得しない素人でも絵をかくと、ともかくもそれらしいものが現れてくるのが不思議である。
それは徳川時代の普通人があるいは明治時代の奥様が、ちょっと何かの必要から半紙へ絵を描いた時、その人は絵はかけませんといいながらも描いて見ると、その線は直ちに徳川期の線を現し明治の匂《にお》いを表現する。
私の母がよくらくがき[#「らくがき」に傍点]をした。その絵を私は今も二、三枚所持しているが、娘の図にしてもが全くの浮世絵の風格を備えている。
現代の子供の自由画は現代絵画の縮図であり、現代学生美術展なぞ見ると現代諸展覧会に並ぶ日本の画壇の潮流をそのままに反映しているのがよく感得出来る。
巴里の焼いも屋から現れたボアイエーの作品もそれも正道ではないが
前へ
次へ
全152ページ中86ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小出 楢重 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング