れが相当の時間を費《ついや》した。われわれ子供らは空腹と飯の香に興奮している時、父はゆるゆると長い経文《きょうもん》を唱えているのである。先ず店の間から順番に流し初めて最後が仏壇であった。仏間のお経の長さは格別だった。うんと省略してもらっても二十分はかかった。その間私たちや母は食膳《しょくぜん》を見つめている訳だった。
それが正月であると、子供時代のは長く待たれた新春であるが故に、元旦は暗い四時というに私は興奮して目を醒《さま》してしまう。そして暗く静かなそのころの堺筋《さかいすじ》へ出て夜半と元朝《がんちょう》の心《ここ》ちよく冷たい静寂の空気を味わうのであった。ところがなかなか父が起きて来ない。ゆっくりと起きて、そしてあの神様を拝んでいては夜が明けてしまうではないかと思って、私は一人やきもきして、大人の神経の鈍さを嘆いて見たことであった。
漸《ようや》くにして長い元旦の経文は常の三倍位はあるのだが終りを告げると、父は「さあ祝います」というと、丁稚《でっち》、番頭、女中、悉《ことごと》くが集まってくる。すると「元日やきのうの鬼が礼に来るか、よういうたあるなあ」と父は感心するのだ。
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