と三味線と、ニッカボッカとルナパークと運動会の酒乱と女給と芸妓《げいぎ》と温泉の交響楽を現しつつある。
妖気も緑葉も、珍鳥も、神様も、人間の目算にかかっては堪《た》まらない。彼らは一つ向うの山々へ逃げ込んでしまった。もっと交通が発達して全日本が新開的遊園地と化けてしまう日が来たら、神様も幽霊も昆虫も草木も、皆|悉《ことごと》く昇天するかも知れない。
さて、私もまた、自然を荒すであろうところのデイゼルエンジンの小刻みの近代的な震動と、その事務長であったところの絵の好きなI氏の誘惑に乗って去年の夏、南紀の海と山を味わって見た。
汽車も電車もない上に潮岬《しおのみさき》の難所を持った南紀の風景は、まだ生駒や六甲ではなかった。妖気と黒髪が持つであろうところの不思議を十分にまだ備えていた。しかし田辺《たなべ》の町へほんのちょっと降りて見て、直《すぐ》に私はその横町に道頓堀と同じレコードの伴奏によって赤玉を偲《しの》ばしめるであろうところの女給の横顔を認めることが出来た。頼もしくもまた悲しくもあった。
しかしながら更に南進して黒潮を乗切ると、もう人間の力は幽霊と妖気に降服してしまっていた
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