と両袖の長い女給が走って来た。えらい待たしたやろ、すまなんだといってその隣へ腰をおろした。暫《しばら》くするとモボは紙包みの中から一束の古ぼけた写真を取り出して女に見せるのだ。「あれが俺《お》れの親父《おやじ》でこれがお母さんや」といって両親を紹介している。
 私はその両親の肖像に同情して見た。何しろ写真の事だから「これ息子、阿呆《あほ》な事するな」といいたそうだが声が出ない。父と母は完全に女給への恋のカクテルとなり切っているのであった。それにしても古ぼけたるカクテルではある。大阪の尖端にはこんな埃はいくらでもある。

   緑蔭随筆

 一本の草、一枚の葉の弱々しいあの軟《やわら》かなものが、夏になると、この地上を完全に蔽《おお》いつくしてしまう。そしてどんな嵐が来ても、梅雨の湿りが幾日続いても、破れもしなければ色が剥《は》げ落ちたということもない。
 もしも、人間の手工品ででもあったなら、百貨店やカフェーの紙の桜であるならば、全く一日も嵐の中には立っていられまい。
 緑の黒髪という。その人間の毛髪も頭を蔽うところの草木とも思える。私は毛髪の美しさと同時にその不思議な丈夫さに驚いてい
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