以前の優秀車が主人の鼻の脂で輝きつついとも珍型となって大都会を走る事は、また新鋭的な雅味をもたらすであろうと思う。
だがまだまだ、新鋭的尖端が漸《ようや》く旧《ふる》き古色と雅味を追い出そうとする折から、新日本の新尖端的滋味雅趣を求める事は無理だろう。
しかし、巴里《パリ》なぞにはこの新らしき雅味が至る処に存在する。それが巴里の羨やましい処で仏像を洗い落したような尖端は発祥しない。それが芸術家をして巴里の生活を憧《あこ》がれしめる重大な原因の一つでもあるといっていいかも知れない。
この間、オールスチールの尖端的スピードを有する大阪の近郊電車へ乗って見た。光沢あるエナメル塗りの内部は相当の近代であった。するとどやどやと嵐山《あらしやま》見物の一群が押よせ、さアずっとお通りなはれ、奥は千畳敷や、中銭《なかせん》はいらんといいながら、その中でも一番厚かましい老婆が私と私の隣との間の甚だ少しの隙間《すきま》をねらって、尻をもって押しあけようと試みた。それで尖端電車は忽《たちま》ち垢だらけとなってしまった。
私の近くにモボが淋しく窓外を眺めていた。これはこの近代電車に調和していた。する
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