ちとともに、それは盆の満月だったか、仲秋の明月だったかを忘れたが、まだ多少暑い頃だったが、その明月の夜に道頓堀川へ眼を洗いに毎年の行事として出かけたものであった。その頃の道頓堀川は今の如くジャズとネオン灯と貸ボートの混雑せる風景ではなかった。ようやく芝居の前のアーク灯という古めかしく青い電灯がうようよと夏の虫を集め、宗右衛門町の茶屋の二階に暗いランプが点っていたに過ぎなかった。
川水は暗くとろんと飴の如く流れて月を浮かべていた。その明月の水で眼を洗えばなるほど眼は清浄であり、眼病はたちまち平癒するように思われた。私は河岸へよせる水に足をつけて眼を洗ったこの美しい行事を今に忘れ得ない。それにしても、よく眼を悪くしなかったことだと思う。この川水こそは大都会の下水道であるのだ。
[#地から1字上げ](「美術新論」昭和五年四月)
地中海の石ころ
去年の夏、南紀の海辺に寝そべった私は、久しぶりで広々とした大洋を眺めることが出来た。寝ていると、私の周囲にはかの石川|五右衛門《ごえもん》が浜の真砂《まさご》と称した所のその真砂と共に、黒、白、鼠、半透明、紺、青、だんだら染等の潮にさらさ
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