は幸福な避暑法だといっておく。
 芸術と金といえば大変仲の悪いものの如く聞こえるが、その愛するという心の動き方については殆んど同じ三昧境《さんまいきょう》を得ているある老人があった。その老人は金と女の道楽といってもむしろ性慾の道楽という方が近いかも知れなかった。金と性慾、何んと下卑《げび》たものではあるが、しかし彼は常に暗い旧家らしい奥座敷の籐《とう》むしろの上に机を据えて、毎日朝のうちは金の勘定をする事にきめていた。黒光りする用箪笥《ようだんす》から幾束かの紙幣を取り出して、一枚一枚丁寧に焼鏝《やきごて》をあてて皺《しわ》を延ばして行くのであった。そして私にも金をかく愛しなはれと教訓してくれた。当時まだ子供あがりの私も、なるほどこれは費用のかからぬいい道楽だと思った事があったが、さてその教訓の通り家へ帰って延ばして見たくとも、その原料がない事は甚だ遺憾な事であった。一時間の後には人手に渡るべき一枚の五円紙幣に電気アイロンをあてて見る気にはなれない。
 しかしその老人は全くの無慾の状態において、専念紙幣に焼鏝をあてていたが、彼はそれによって世を忘れ、時を忘れ、今日は九十何度という事も忘
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