手紙はやはり 23 Rue Weber(16e)Paris France 宛でくれてもかまわない。ここに居る僕の知人がよそへ行くと云ってたが、やはり居すわる事になったから、美川君宛でもよろしい。
十一月二十八日
もう、巴里もあと十日程でお別れだと思うと、中々残りおしい気がする。
もっぱら、毎日買物にあるいている。中々すばらしいものはとても高くて、あとの費用に差支えるし、なるべく安いもので、そして僕や重子のすきそうなものをと思って、探している。
あたまへさすクシは五ツ六ツも買って帰る。手さげのオペラバッグのステキな品のいい奴を買ったよ。袋もののいい奴を少し買った。サラサも買ったよ。泰弘のかぶるフランス風のステキな面白い帽子も二つ三つ買って帰る。女の洋服は仕入れなぞはとてもだめだしするからこれだけはあきらめる方がいい。その代りにいろいろとよさそうなものがあり次第に買って帰る。
男のものは買い易いが女のものとなると、中々ハズカシイ気がして、そして商店の番女などがジロジロみる様な気がして、中々買いにくいぜ。此の間も櫛を買ったよ。まっ白でホリがあって、すてきに面白いのだが、買うのに汗をかいたよ。それから、ルイ十何世時代の面白いフランスの人形を、古道具屋で買った。中々いいもんだ。いいものを買うと、すぐに見せ度くなるので、飛んででも帰り度くなるんだが、中々あと二三月しないと、船にのれんと見う[#「見う」はママ]と、なさけないね。
然し、僕の様に、来るなり帰りの船を注文したりしている人はめったにないぜ。一番早く帰るのは僕だから。
泰弘に着せるセーターなぞも、買えたら、オバーも買ってかえり度いと思う。これは美川君につき合ってもらって、一日にスベテを買ってしまうつもりだ。
それから、見るものも見ねばならず、中々早く帰る為めにはカナリ忙がしいよ。もうパリも目をつぶってでもあるける様になったよ、中々大したもんだ。
ドイツでは画の書物をカナリ買い込んだよ。上等のトランクも買ったよ。
写真を又二三枚写したから送る。俺のベッドから姿見の大鏡に写っている自分を、自分で機械を持って写したもんだ。自画像だよ。部屋の中で、セーターを着ている処だ。
この頃は、こんなねまき(ピジャマ)を着ている。ドイツで一つと、フランスで一つと買ったよ。
[#ねまき(ピジャマ)の挿絵(fig3555_05.png)入る]
十二月五日 晩十一時半
今ズボンをたたんでいて、一寸考えた事であるが、日本を出る時にセンベツにもらった品物の中で、何が一番重宝で役に立っているかと云うと、おとよはんとこのお師匠はんに貰ったズボンツリだ。あんないいものはフランスにも無い。今度会うたらお礼申しといてくれ。毎日つかわぬ日は無い。
それからお玉はんにもらったものも記憶しているが、氷砂糖だ。毎晩湯をわかしてのむ時に、あれを一つ入れてのむ。正宗、岡田なぞ近所から毎晩のみにやってくるんだよ。全く、何が重宝だか、来て見んとわからんもんや。氷砂糖なぞは印度洋ですててしまうつもりだったが、中々御恩に預かっている次第だよ。
一番弱ったのは、ケーキだ。船の中ではケーキなぞに不自由しないので、スッカリ忘れてしまって、印度洋で思い出してあけて見たら一寸程カビが生えて、のび上っていたよ。まっくろけだ。印度洋へ水葬にしてやった。
十二月十六日
今晩、手紙(おかアさんと吉延さんとから)を落手。何しろ、二ヶ月以前に僕がかいた手紙の返事を、今見る事であるから、ずい分ヒマのかかる仕事だ。頭をなぐられてから二ヶ月目に痛いと感じる様なもので、ずい分頼りない話しだ。此の頃は巴里もおいおいと、ま冬の最も日の短い最中であるので、朝は八時に夜があけて、晩は四時で日がトップリ暮れてしまう。電灯は一日つけ切りと云う様なもので、かどが暗くて、朝の十時頃に電気がついていると、一寸日本のお正月の元日の朝の様な心もちがする。冬の巴里も中々味があるもんだ。此の頃はもう、巴里にもなれ切ったので、次に来た人の案内をやっている位だ。巴里という所は、絵の勉強でもしようと思うと、一向につまらない処だが、お金をどっさり持って、買物でもしたり、ぜい沢していれば、それこそ何年居ってもあきないかもしれん。
此の間から、もう南フランスの方へ行くので、その準備をしたりしていたが、さて巴里を去るとなると、中々、巴里もすみなれて見るとなつかしいもんで、一日一日とのびて行く。毎日買物をしているが、とても、いいものは高くて買えない。すきな古道具の面白いのや、キレ類のキレイなのがどっさりあるが高い。安いので、面白いのをチョイチョイ探し出すのに興味がある。毎日此の頃は、正宗氏と一ショに道具屋あさりをやっている。もう荷物がフエたので、又大形のトランクを一つ
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