新調した。コノ中へ買ったものをつめ込んで帰る。帰って皆の前でフランスみやげをホリ出す時が一寸面白いぜ。一寸半年間天狗さんにつままれていた様なもんで、その天狗さんにもらって来たおみやげだ。中々天狗につままれ賃が高い。やはり全部で七千円はかかる。
 帰りの船賃と小使とが足りないので心細いから石濱君宛で、此の間、日仏銀行から逆カワセをくんでもらった。(千五百円)石濱君の方へ銀行から通知があった事と思う。
 ウチの事は大変安心をしている。僕も西洋の食いものが胃袋に適する為めか、毎日運動もよくするのと一ショで、全く胃が悪くなった例しが無い。今度帰ったら食いものだけは毎日巴里と同じものがたべたいと思う様になった。
 朝九時キャフェーとパンを喰って、一時が昼飯で、晩が七時と、キチンと巴里全体が定っているのでまるで胃腸病院へでも入った様なもんだ。胃がよくなるはずやなアと感心する。
 追白
 もう、此の二十一日の汽車で南フランスの、キャニューと云う処へ出発する。正宗得三郎さんと一ショに行く。そこには、そのホテルには、日本の画カキさんが、まだ外に三四人居るそうだ。硲君は、一足先きへ出かけた。日中は日かげをあるく方が気もちがよい程ぬくいそうだ。
 二月二十五日に箱根丸が出る迄はココに滞在の予定だから、手紙はココ宛に出してよろしい、ホテルが又変ったらしらせる。
 Grand Hotel des Colonies,
    Cagnes France.

 十二月十九日 パリにて
 もう巴里での買ものも、打ち切る事にした。平均、日に百五十法はかかるから、とても破産してしまう。そのわりには、一向にほしいものも買えない。巴里では、買物に一万円程小遣がほしい、ずい分ほしいものが買える。泰ちゃんに何かおもちゃと思って探したが、巴里は子供を一向大切にせん処であるらしい。そしておもちゃと云えば、随分貧弱なものばかりだ。心斎橋の金太郎ほどのいいおもちゃを売っているうちは無い。何しろおもちゃのいいのは米国だ。その次が日本だそうな、だから巴里ではほんの紀念だけにして置いて、そのお金で日本へ帰って自転車でも買ってやる、その方がいいだろう。
 今日古道具やでカナリ大きな、ステキな、昔のフランス出来のイチマを、八十五フランで買ったよ。それは可愛いステキなもんだよ。うれしくてたまらない、早く見せ度い、荷物が入り切らぬので、大きなトランクを一つ買入れたよ。

 十二月二十五日
 いよいよカニューへやって来た。田舎びた美しい、殆ど伊太利に近い海岸である。一寸魚崎辺に似ている。今日はクリスマスの日である。昨夜は田舎の町の活動写真へ入った。今晩は村の人達が夜の十二時から、ここのお寺へ集って祈りをするので遅くまでにぎやかだ。
 気候も日本の魚崎辺のぬくさに似ている。

 十二月(日不明) カニューにて
 此の海岸は、須磨明石垂水と云う様な処である。ぜいたくな処だが、僕のいる田舎はさも田舎らしい処だ。
 きのうは、カンヌを見物に出かけた。あすはモンテカルロへ行こうと思う。同じホテルに正宗、中村、榊原君などがいる。あまりカンセイであるので、巴里へ帰り度い気がする。
 この近所にカンヌ(Cannes)と云う処と、僕のいるカニュー(Cagnes)と云う処とあるのでややこしい。

 十二月(日不明)――P. Sicardy's 写真入カードで――
 Cagnes の村に、ただ一つ、活動写真小屋がある。僕のいるホテルの、すぐ裏手だ。帽子も被らずにとび出して、見に出かける。夜の八時半から始まるんだ。写真は、アメリカものが多いのであまり面白くも無いが、村の人が多勢見に来ている、そして接吻の場面になるとキアキアと大騒ぎになる。田舎の人でも、実に日本と違って、行儀がよいので、大変気もちがよい。この写真は余興に出る歌うたいだ、流行歌をピアノに合して歌う。あとで帽子を持って金をあつめに来る。そしてこんなカードをくれる。この村には、風呂屋が一軒も無い。ホテルにも風呂が無いので少し困る。ニース迄汽車にのって行かねばならぬ。

 十二月二十九日
 朝晩はかなり冷たいので、ストーブにまきをくすべて暖まる。きのう迄、部屋がいけなかったので、少し落付きが悪かったが、いい部屋とかわった。朝日がさし込んでくる、明るいいい部屋である。此の近くのニース及びカンヌは、この辺でのいい町だ。ここへ出れば一寸巴里を小さくした様で何でも必要なものは整う。
 自分の部屋から、地中海が見える。五丁程だ。
 伊太利の連峰が、左方に雪を被って並んでいる。日本から近ければ、海の家だとか云うて皆遊びに来ればすてきなんだが、遠いのでしかたが無い。

 十二月三十一日
 今日は、十二月の三十一日だ。カニューは夜の十時だが、日本ではもう元日の朝だろう。丁度今
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