日、僕の電報が日本へ着いたときの返事の手紙が来た。美川君がパリから廻送してくれた。欧洲へ来てから受取る二度目の手紙である。日本に居ると一ト月や二月はスグにたってしまうもんだが、外国に来ていると、中々月日がたたない、まだ八月に出てから四ヶ月たつかたたぬ位だが、もうクライストにのっていた時の事を考えても、ずい分、十年程も前の様な気がする。
手紙を受けとると、まだ夏らしい文句がかいてあるので、此の冷たいベルリンで、あの手紙を読むと不思議な心もちがする。手紙を読んでいる間は、すっかり日本に居て八幡筋の二階に居る様に思われて来る。今日は、吉延さんの手紙も、おっかさんの手紙も、泰ちゃんの画も、重子のと一ショに来たから、一度にどっさりとベルリンの俺の下宿へお客さんが来てくれた様に思われる。そして、テーブルの上にどっさりと手紙を並べて置くと、大変賑やかな心もちさえするよ。泰ちゃんの云うている事を読んでいると、独りでに笑えて来てしょうがないよ。ヨシヨシ、何んでもすきなものは買うてかえってやるぜ、おとなしくして、たっしゃで待っていてくれ。もう、船の方もきまっているのだから、安心だよ。来る時は印度洋なぞの事が気になったが、もう帰る方は、もう胆っ玉が太くなっているから、一向気にもならぬ。印度洋のシケを平気で乗り切って来たんだから大丈夫だよ。暑さも人の云う程ではないからね。
パリはぬくい間に去って、ベルリンへやって来たので、来る早々雨と風と寒さとで、大分困ったが、もう此の頃はそう風もふかなくなった。やはり外国へ来ていると、気のせいか一寸した事位からだにこたえないよ。ずい分ぬくい処から、夜汽車でベルリンへ来たりしたのに、からだの方は至極たっしゃである。これだけは喜んでいる。ここ一週間でパリへ帰る。パリは又少し、ベルリンよりは二十四時間だけ南へ汽車で走るだけ温いのだ。パリにはもう永くいないで、南フランスの田舎で絵をかいて、この冬を過ごす計画だ。
今ベルリンでは、日本のお金は、マルクにすると大変沢山なものなので、僕等は結構なもんだよ。外出はすべて自動車と云う事にきまっている位だよ。どの位乗り廻しても、百マルクかからない位だよ。日本金の一円だ。ドイツで皆へのおみやげものは大体買ってしまうつもりだよ。
これでフランスへ帰ると、こんなわけには行かない、フランが高いから。
買いものの中で、洋服だけはもうこれはだめだからよす方がいい。とても、あの洋服を、仕入れの奴を買って帰って着たら、大変、変てこなものになって、話しにならぬ。これは外国へ来てツクヅクと思うた事だが、日本人には、日本服程よいものはないよ、洋服の仕入でからだに合わぬ程いけないものはない。よく人が西洋へ行ったら、日本で作った洋服はミットモなくて、一日も着てあるけない、仕入の安いのをすぐに買って着れば、その方がズットよい、などと聞いたもんだが、どうしてどうして、オバーを一つ、パリの三越の様な処で買ってみたが、とてもだめだよ。これこそ、みっともなくて着られない。だから今に、日本で作ったのを平気で着ている。その方がズットいい形なんだよ。
洋服も日本が中々うまくなっているんだそうだよ。
靴も日本のが一番よい。ドイツの靴をあまり安いので買うたが、買ったその日に、水が入ってくる次第だ。今は中々日本も馬鹿にならんのだ。
洋服(茶)と黒のオバーとを、この間からベルリンの洋服やへ注文して置いたら、今日かりぬいをやってくれた。あと四五日で出来上る。これが出来たら、ドイツ風でパリへ帰るつもりだ。パリの洋服は、一ツぼたんのハイカラだが、キザな服なんだから、おれは大キライだ。オッチョコチョイで。
ドイツとパリとで、見当り次第に、何かおみやげになるいいものを買って帰る事にする。
中々、買物も骨が折れるもんだよ。本とかエノグとかなら、自分でわかるけれども、何しろ女のもんは六つかしい。そして、時々テレクサクて、立派な宝石屋なぞへ入れない気がするよ。
十一月十四日
急に寒い日が来た。朝目をさましたら、まっ白に雪が積っていた。然し、部屋の中は、スチームの為めに暖かだから、丁度汽車にのって、雪見をしている様なものだ。外出するとさすがにつめたい、すばらしくつめたい。然し雪が降る前よりも、つもってからの方が温い。
日本の雪の様に、すぐとけない。何日経っても、決してとけない。丁度白い砂がつもっている様なものだ。夜になると、石畳みの道に、いてついてしまって、氷すべりが出来る。子供がソリを持ち出して遊ぶ。雪が溶けないから、あまだれが決して落ちない。そのうちに雪の色がだんだんよごれて、灰色になってくる。あまり美くしいものではない。西洋の雪は、大味だよ。然し、ドイツらしくて面白い。やはりドイツは冬が来なくては、ほんとにドイツらしい
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