ンヤリとしてしまう。パリの方へ、イロイロの事を詳しくかいて、手紙をたのむ。
 泰弘は[#「 泰弘は」は底本では「泰弘は」]元気か、オモチャどっさり買うてかえるよ。

 九月二十三、四日頃
 マルセイユは思ったよりも絵になる、実にいい町だ。ジュネーブホテルで一泊のうえ、夜の急行の一等車で林、硲、長島と僕と四人づれでパリへ入った。朝八時過ぎパリ着。
 もう、何もかもが変ったので、一寸、あきれてしまって、一言も、一言半句も、手紙にもかけなくなってしまった。実に巴里は、何んとも云えないいい都会だ、その光景はあとからゆっくり通信する事とする。今の処、ただキョトキョトとして、町の見物と、語の不通と、勝手のわからぬのと、ややこしい混雑とで、何も手につかずウロウロとしている。夜のパリは又大したものだ。モンマルトルの舞踏場[#「舞踏場」は底本では「舞踏場と」]バルタバランなどは、とてもとても、日本から遠めがねででも覗かねばわからないもんだ。
 中村君に会うた、美川君にも会うた。僕は林、硲、長島と共に、よい家をかりて、その下宿(パンション)で、一人ずつサッパリした部屋をかりてすんでいる。
 その家は大きなベッドから、押入から、全部家具付き、電灯つきで、月に200フラン即ち日本の金で三十円程だ。
 風呂も云えばすぐ出来る。朝はコーヒーとパン、ヒルと晩は、外へ、レストーランへ喰いに出る。三十銭から五十銭位で、充分に食える。食い物は安くてうまい。
 下宿の場所は
 17 Rue du Sommerard 5e. Paris France.
だ。然し、又旅行に出たり、或はよそへ引越す事もあるかもしれないから、全ての通信は、巴里の日本人クラブ宛か、或は美川君の方か、どっちかへやって欲しい。美川君も、時々ロンドンへ行く事もあるとかだから、ナルベク、日本人クラブ宛に出して置く方が安全だ。僕は毎日日本めし食いに行くし、又旅行でもしたら、その先きへ転送してくれる事になっている。
 日本人クラブの宛名は、
 23 Rue Weber(16e)Paris France.
だ。日本人クラブとも何んともかかずによく届くのである。
 美川君の方へ出す時には、もうゴチャゴチャかかずに、やはり
     ┌────────────────────┐
     │ Mr. N. Koide             │
     │ Chez Mr. T. Mikawa,         │
     │ 3 Rue Beudant 17em. Paris France. │
     └────────────────────┘
でよろしい。
 落付いたら、ゆっくり、詳しく通信する。
 まだ、日本から美川君の方へ一向手紙が到着していないので、大阪の事情が一向わからず失望した。八月六日出の、吉延さんからのハガキだけは落手した。
 通信を望むよ。電報は一度かけるのに百フラン、一寸二十円程かかるので、あまり沢山うたずに、ケンヤクして、三休橋宛に一つだけ打った。何れ後便にて。
 ゴテゴテしている処へ、新聞なぞ見た事ないので日もわからぬ。

 九月二十七日 巴里より
 やっと、今日は巴里の一人歩きをやって見た。乗合自動車へ一人でのって見た。昨夜、美川君のうちで手製のめしをたいて貰って、牛肉でよばれた。いい家だ、三階で三間程ある。日本でだったら大変なものだ。あまり話し込んで遅くなったので、そのまま泊り込んでしまった。
 美川君は来年の三月の末頃に、アメリカ経由で帰るそうだ。丁度僕の帰ると同じ時せつに日本へつく事になるらしい。僕は三四月頃の船を注文するつもりだ。三ヶ月前に注文すればよいそうだ。それより早くは帰るかもしれんが、遅くはならぬ事は確かだ。巴里の絵なぞは一向につまらないものが多い。僕が日本で考えていた通りだ。来月の末頃まではいろいろの展覧会などがあるから、巴里に居て、それからドイツへゆく。
 美川君もるすになるといけないから、やはり日本人クラブの上記の方がよろしい。何しろ上記の通りかけば来ます。
 セーヌ河の古本屋、五階下の様なガラクタを売る店で、今日は面白いフランスの名所絵の銅版画の色ズリを四枚買って来たよ。
 巴里に居る間にいろいろ珍らしいものを買っとき度いと思う。
 大分道の勝手もわかって来たが、語は中々通じない。何を云っているのか少しもまだわからぬ。然し、下宿のおかみさんに朝飯の注文と、風呂の注文と、道を聞く位の事は出来る。
 巴里の千日前の様な処へ行くと、盛んな踊り場があって、その騒ぎはとても想像が出来ない位のもんだ。
 バルタバラン、オリンピアなどへ二三べん見に出かけた。これだけは日本から遠めがねで覗かせたい。
 パリの女の服装はずい分安いものを着ていて、美くしく見せる事は
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