ールもだんだん遠ざかって行く、又大洋へ出た。マランカ海峡を進む。
 今日は追風で、暑い事甚だし、九十四五度である。
 明日、彼南へつくそうだ、彼南はあまり見る処もないらしい。船は四時間停航して、すぐ出てしまう事になっている。
 大分、遠くへやって来た。まだ二十日余の航海をせねばならぬ。
 からだは極く健康である。
 皆の健康を祈る。泰公はどうしているかな。
 第一信の方は津田に見せてほしいから、皆見てしもたら立売堀の方へ郵送してくれ。

 八月二十一日 シンガポールにて
 Singapore を自動車で見物、途中の風景の一部を一寸お目にかける。
[#シンガポールの風景の挿絵(fig3555_01.png)入る]
 市中をぐるぐると見物して、夜は日本料理を食うた。それから又にぎやかな処を、或は支那人町をウロツイて、夜の十二時頃に名物の支那おかゆを町のまん中ですすった。
 一寸光景を記憶でかいて見ると、下の様である。
[#おかゆをすする光景の挿絵(fig3555_02.png)入る]
 夜の十二時すぐ自動車をトバして船へ帰った。

 八月二十五日 ペナン、コロンボ間にて
 きのうから海は少し荒れている、風と雨とが間断なく、船は相当にゆれている。
 然し、もうゆれても感じない程、船に馴れて来た。
 林君のケビンで話し込んでいたら、船窓から波が入って来て、ザンブリと被った。
 コロンボへはあさって着く、コロンボで此の手紙を投凾する。ペナンでは、停泊の時間が少なくて、手紙を出す事が出来なかった。
 カジヤ町の僕の部屋は、キレイにそのままにしといてや。額をハズシたり、ものを片づけたりせずに、そっくりそのままにしといてや。
 一寸部屋が見たくなって来た。又コロンボからハガキを出す。
 もう、二科会も開かれている事と思う。出品の方は、あんじょうしといてくれたか。大分忙がしかった事やろと思う。身体の健康は如何、熱が出たり、夜ねられん様な事はないか。もしそんな場合には、阪村君の方へ行かんといかんぜ。泰ちゃんも気をつけてね。
 おかアさんには心配せぬ様に云うといてや、よろしいか。
 船中では気候の変化や、生活の変りで、ずい分病人が多い、が然し、僕は不思議にたっしゃである、毎日スキナものを食っているせいかもしれん。然し、毎日のオートミールも少し此の頃あきが来たので、今日からは日本のおかゆを、塩かげんで食うているが、非常にうまい。朝はオートミールとオムレットなどやパンもバタもとる。
 この手紙も、日本へは四十日余りせんと届かんかと思うと、心細いね。
 此の間から印度洋のタイクツをまぎらすために、色々な余興が多かった、演芸会があったその時には一寸赤いたすきがけで俺は皿まわしをやってやったよ。
 今、船の走っている紅海辺は、日本の時計の時間よりも、六時間遅れている、西へ行くごとに時間が遅れてくる。時計は日に十分、十五分位ずつ遅らして行く、だから今この手紙をかいているのが、夜の八時三十分であるが、日本はもう夜の丑みつ頃で、二時か三時かで重子も泰公もお梅も、だれもかれもが皆ねている時分だ、と思うと、少しおかしな気がする。又便りする。
 皆たっしゃである様に。僕は、非常に気をつけているから大丈夫である。

 九月八日
 Colombo を出てから、実に十幾日目だ。夜になったり昼になったりしているが、相変らずの海だ。やっとの事でアデンを遙かに見て、紅海に入った。あさっての朝にはポートセッドに着く事になっている。
 Colombo を出てから、ムンスーンに出合って海はカナリにシケた。食堂がヒッソリした。大分、酔うた連中が多かった。僕も人のゲロ吐くのを見て、一寸気もち悪い時もあったが、然し、一度も食堂はかかさず、だんだんめしがうまくなって行ったので、大に悦んでいる。もう船旅は何んでもなくなった。然し早くマルセーイユへつきたく思う。十何日陸を見ないとカナリ飽きる。
 きのうは紅海で、アフリカの砂漠の砂が風のために空と海を黄色にしてしまった。口の中がジャリジャリして弱った。紅海は暑い、初めて熱帯らしい気がした。
 印度洋は、大抵毎日、七十度台だから、寒さを感じる程であった。然し暑い紅海も、向い風であるので、九十度位だから、しのぎよい。
 あさって頃からは、ズッと涼しくなるそうだ、ムンスーンの風のおかげだ。暑いよりは涼しい方がよいと思う、少々船はゆれても。
 おととい、紅海へ入った日に、ヒチリン(カンテキ)のカケラの様な殺風景な島を見た。こんな島を見ると、ナル程日本から遠く離れて来たなアと思う。噴火口であるそうだ。
 かもめが沢山船について飛ぶ。
 此の間から二度、カジヤ町のうちへ帰った夢を見たよ。大ぜい子供が集って、泰ちゃんと遊んでいたよ、重子とおばアちゃんとが居たよ。フ
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