いた節モーニングか何かで会場へ立って、自分の画集へサインでもさせていただく位ではまだ淋し過ぎはしないか。
[#地から1字上げ](「文芸春秋」昭和五年四月)

   電球

 強盗、ゆすり等はあまりに直接な行動だから芸術的余情を伴わないけれども、いろいろと工夫を凝らして玄関から欺しに来る奴の心は憎めない愛情があり、よくあんな智恵を絞ったものだと感心されることもしばしばある。そのつまらないことを考え出したその心根に同情して欺されながらもつい微笑が湧く。
 いつの頃だったか忘れたが、雨の降る夕暗まぐれに、電球の中の線の切れたものを修繕してあげますという洋服の男がやって来た。それはなるほど便利重宝なことだと思った。幸い切れた球は二個あった。一個一〇銭ですぐ修繕するという。これは欺される方もよほど常識が欠乏してはいるのだが、結局頼んでしまった。
 その男は受け取った二個の電球をポケットへ入れて出て行って三〇分ばかりで帰って来た。もう出来ましたという。その時日は[#「その時日は」は底本では「その時は」]暮れていた。彼は輝ける電球を消し球をはずして、今修繕して来たものと取換えた。なるほど不思議に輝いた。今一個のものも他の電球へ取りつけた。それも直ちに点火した。そこで二〇銭を彼に与えると、彼は礼を述べて立ち去った。
 それから三〇分もたたぬうちに修繕してもらった球は二つとも殆ど前後して消えてしまった。何のことだ、どうせこんなことだろうと思って以前の電球を元の如く取り付けてみるとその球の線も二つながら切れていて光らないのだ。すなわちそこには四個の切れた古球がずらり並んでしまった。
 ようやくなるほど欺されたということがうすぼんやりと判って来た。
 結局、彼は二〇銭と私の家の新しい電球二個[#「電球二個」は底本では「電球」]をポケットへねじ込んで、切れた球をその代わり暗がりまぎれに並べて帰ってくれたわけだった。それでとうとうまた二個の電球を買いに走らねばならなかった。
 しかし考えてみると、当方の間抜けさと彼の手品の成功は、寄席の手品で[#「手品で」は底本では「手品でも」]ちょっと舞台へ呼び上げられて縄の尖端を持たされている位の余情はあった。

   勇しき構成美

 近代芸術の画因《モチーフ》として機械というものが現れた。機械のなかった世界にあっては、人は自然界の万物のみを愛し、画家
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