でも、芝居と名のつくものは何から何まで見て置かぬと承知がならないという。そして舞台では誰が何を、どんなに演じていたって構わない。ただ要するに芝居の中で空気を吸うて毎日坐っていたいというものさえある。
 さような人物になると座席など決して贅沢《ぜいたく》はいわない。いつも鯛でいえばお頭《かしら》の尖端《せんたん》か、尻尾《しっぽ》の後端へ噛《か》じりついて眺めている。
 即ち近くで泣く子供を叱《しか》り付けながら、足の痺《しび》れを我《が》まんしながら、遠いせりふ[#「せりふ」に傍点]を傾聴しながらあるいは弁当とみかんの皮に埋《うま》りながら、後ろの戸の隙間《すきま》から吹き込む冷たい風を受けながら、お茶子《ちゃこ》の足で膝《ひざ》を踏まれながら、前へ坐った丸髷《まるまげ》と禿頭《はげあたま》の空隙《くうげき》をねらいつつ鴈治郎[#「鴈治郎」に傍点]の動きと福助[#「福助」に傍点]のおかるを眺めることが、最も芝居を見て来たという感じを深くし、味を永く脳裡《のうり》に保たしめるのであるらしい。そしてまた次の興行には必ず行ってまたあのうれしい苦労がして見たくなるのである。
 それらの苦労をな
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