いものであっても、ふとんや綿で包んで大切にしている。
それをわれわれ他人が、ちょっと綿の中を覗いて見ると、全くの狸であり昆虫であり、魚である場合が多いのだから悲しむべきことである。
ことに不具や低能児を抱いている母親の愛情などはまた格別のものであるらしい。
絵だってその通りで、私は三年間をこの作に捧げたとか、私の霊魂を何とかしたとか、私は神を見たとかいうふれ出しだから、一体どんなものが現れたのかと思って見ると実は狸であったり霊魂が狐であったりする場合の方が多いのだ。
もし本当のことばかりを不作法にいう批評家があって、命をかけて抱いているその赤ん坊を一々おや鯛だね、おや狐でいらっしゃいます、お化けかと思ったというて歩いたら、まったくそれは一日も勤まらないところの仕事であるかも知れない。心ではいもむしだと思っても、そこは女らしいとか、まあかわいいとか、天使のようだとか、何とか、都合のいい賛辞でも呈しておかねばならないものなのである。礼儀だから。
ところで私自身、まったく私は命をかけつつ日々の難産をつづけその奇怪なる昆虫を産み落としつつあるのである。そして人間の情けなさは馬鹿な母親
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