をかぶって、遠慮なく飛沫《ひまつ》を周囲へ飛ばせ、謡曲らしきものをうなりながら自由体操を行うところの脂《あぶら》ぎった男などは、朝風呂に多いのである。何か見覚えのあるおやじ[#「おやじ」に傍点]だと思って考えると、それが文楽の人形使いであったり、落語家であったり、役者であったりする。
今は故人となった桂文団治《かつらぶんだんじ》なども、そのつるつる頭を薬湯へ浮かばせていたものであった。私の驚いたことには、彼の背には一面の桜と花札が散らしてあった。その素晴らしく美しい入墨が足にまで及んでいた。噂《うわさ》によると四十幾枚の札は背に、残る二枚の札は両足の裏に描かれてあるのだということである。その桜には朱がちりばめてあり、私の見た入墨の中で殊に美しいものの一つであり、その味は末期の浮世絵であり、ガラス絵の味さえあった。まず下手《げて》ものの味でもある。それは文団治皮として保存したいものである逸品だったがどうもこれだけは蒐集する気にはなれない。私はいつか衛生博覧会だったか何かで有名な女賊の皮を見た事があったが、随分美しいもので感心はしたが、入墨も皮になってしまっては如何にも血色がよくないので
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