私はまったく何々博士の来診よりもこの方が本当の効験があるだろうと考えた。
しかしながらその後私の心臓はまず順調に動いている。
入湯戯画
私は入浴を厭《いと》う訳ではないが、石鹸《せっけん》を持って何町か歩いて、それから衣服を脱いで、また着て歩いて帰るという、その諸々の仕事が大変うるさいので、一旦着たものは寝るまで脱ぎたくないというのが私の好みである。それで私は、なかなか風呂へ容易に行こうとはしない。そのくせ、思い切ってお湯につかって見ると随分いい気持ちでよく来た事だと思う。以来は再々お湯へ這入る事にしようと考えながら、その次の日はすっかり忘れてしまう。ふと思い出しても再び行く心を失っている。
やがて爪先へ黒いものが溜《たま》り、手の甲が汚れてくるころ、われながら穢《きた》ないと思い、やむをえず近所の風呂屋へまで出かける。行って見ると即ちよく来たことだと思う。
中でも、最も入浴を怠《おこた》ったのはフランスにいた時である。勿論私の下宿には湯殿があるにはあったが、それをたてさせるためには、またわからない言葉を何か喋《しゃべ》らねばならぬのも億劫《おっくう》の種であるので、
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