の人が集り、芸妓《げいぎ》らしい人たちが大勢集り、ぼんぼんといってくれるのがうれしいのと、会のあとでは「のせ」といって何か御馳走《ごちそう》にありつけるのが先ず私の目的だった。
 私の父は胃に癌《がん》が出来てからもなお、素人浄るり大会で、忠臣蔵の茶屋場の実演に平右衛門《へいえもん》となって登場した。その時の憐《あわ》れな姿は、むしろ亡霊に近いものだった。私の父は死ぬまで、消極的ではあるが、陽気に遊んでいたかったらしい。
 大体、浄るりというものが、何を喋《しゃべ》っているのか、少しも諒解《りょうかい》出来なかったけれども、ただその音律の物悲しいものである事だけが私の心へ流れ込んで来た。
 それで今でも、あの太い三味線がでん[#「でん」に傍点]となって、太夫《たゆう》がうーと一言うなると直ぐに浄るりを聞くだけの心がまえが忽《たちま》ちにして私の心に備わるのである。

 たった一つ、清潔な教育は施された。それは、心学道話だ。これは、堺筋に道場があり、燭台と、燈心の光以外の燈火はなかった。床の間に忠孝の軸が懸《かか》っていた。近所の医者とか知識あるものたちが、義勇的にここへ現れて、ためにな
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