に作った茶碗《ちゃわん》や食卓、酒の壺《つぼ》、絵草紙《えぞうし》や版画の類あるいは手織|木綿《もめん》のきれ類といった如き日常の卑近なるものでありながら、その職人の熟練やその時代の美しい心がけなどがよく現れた結果、芸術家の苦心の作品よりももっと平易で親しみやすい、気取らぬ美しさが偶然にも現れているといった品物に対して、骨董《こっとう》屋は下手《げて》ものと呼んでいるように思う。
 万事上等、高貴、高価なるもの以外は一切手に触れたくないという上品で持ち切る事の出来る人も結構だが、どんな下品、下等なものでも決して構わず眺め、食べ、観賞し、楽しむ事が出来るものもまた、世の中が手広くてかつ、安価で幸福である。そして偶々《たまたま》、上等のものにありついた時は、また、素晴らしく悦《よろこ》ぶ事も出来ようという訳だ。
 私などは上等のものも勿論好きだが、あらゆる下等なものに対してより多くの親しみを感じる事が出来る。それは一つには、私が純粋の大阪の町人に生れ、道頓堀《どうとんぼり》に近く、何んとなく卑近なものにのみ包まれて育ったがために、高貴上等の何物も知らなかったという点もあると思われる。私の心
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