前が損じたので、宿の女中につたえておいた。するとやがて、一人の山高の紳士が私を訪問したので、これは一体何だと思っているとその後から女中が現れて、錠前屋さんですといったことがあった。パリでは、ヴァイオリンを弾く立ちん坊が茶色の山高を被っている。大変意気な形である。そして、衣服は破れ汚れているにかかわらず、カラーだけは白いのをつけているところは、山高の形正しきものへの重要なる調和を保つべき心がけからだろうと思う。
その点日本の田舎の校長が式場に臨む時の山高が意気とは見えない。フロックの背にしわがよっていて、ネクタイがゆがんでいて、顔が多少いびつであったりすることもある。まず大体からいえば、日本人にとっては山高などは似合わない帽子であるが、幸いにも左様な正確な様式のものはようやく衰えつつあることは日本人にとっては何よりのことかも知れない。
要するに、どんな形のものであっても、それを皆のものが被り着なれてくることによって、着こなすだけの工夫が現れてくるものである。したがって買いたての帽子、仕立ておろしの洋服、新調の靴、もらいたての細君位ぎこちなく、自分自身になり切れないものはない。
私
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