った。私は何んともいえず気の利《き》かない即ち大阪語でいえばもっさり[#「もっさり」に傍点]とした、しかも上等のきものを着せられ、畳表《たたみおもて》の下駄を履《はか》されるのだ。私は平常のままなら何処《どこ》へでも行けるが、これを着てはもう一歩も恥かしくて外へは出られないので、私は憂鬱に陥るのであった。
すると父は「この罰《ばち》当りめが」と叱りつけた。母は「せっかくこしらえてやったのに、よその子を見て見なはれ、そんなきもの[#「きもの」に傍点]は着てえへんやろがな」といって泣きそうな顔をした。私はその有難さはよくわかるのだが、そのよその子の常のままの姿をどんなに羨《うらや》んだか知れない。
一度、それは日清《にっしん》戦争|凱旋《がいせん》の時である。大阪全市が数日間踊り続けた事があった。その時私はそれこそ妙な縮緬《ちりめん》の衣裳を着せられた。腰には紅白だんだらの帯がぶら下っていたのを覚えている。鼻の先きへは多少の白粉《おしろい》が施され、私の頭の上には蝋燭《ろうそく》の点《とも》った行燈《あんどん》がくくり付けられ、手には団扇を持たされた上、さあ、近所へ行って見せて来いとい
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