火鉢を抱いて坐った切りの日常であったものだ。洋服はネクタイの結び方も知らなかったのであった。
それが直ぐに欧州航路の船客として、西洋人と同じ起居をすることになったのである。そして自分と連絡のある、あらゆるものから離れて海と空と、ペンキとマストとエンジンの音と、他人と外国語と遠方という世界へ投出されたのだから、多少気が転倒したのも無理のないことであるかも知れない。転倒したきり、変なところへ精神が引懸ってしまったものだろうと思う。
ところでかくの如く変な精神状態になるのは必ずしも私だけではないようだ、外遊中の誰しもが多少ともこの傾向を帯びているように私には思える。誰も彼もが一種のヒステリー症に罹るのだといってもいいかと思う。
一種の昂奮状態に陥るのである。いったんこの状態になるとなかなか回復しない。私は天狗につままれたる昂奮のままでパリやベルリンを歩いていたに違いない。
この昂奮状態も人によっては憂鬱性となって現れる人と、躁狂性となる人とがある。私などは憂鬱性であったらしい。
憂鬱の方は妙に日本が恋しくなり日本が世界一番だといい出す癖がある。躁狂性の方は反対に日本の悪口をいって心
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