とがない。
私は私の親しい小説家の小説でさえ読んだことがなかったりして、時にははなはだきまりのよくないことに出会うことさえしばしばある。
何しろ画家は一目で観賞することにのみ馴れ切っている。まったくどんな大作でも一寸[#「一寸」は底本では「ちょっと」]四角のミニアチュールでも要するに一目でわかる。展覧会で二千点の絵を鑑別するのに三日間を要するだけである。もし二千巻の論文を鑑査することであったら、それにはどんな方法があるのか、私には想像もつかない。怖ろしいことだと考えられる。
その点、活動写真は大変われわれにとって便利なものだと思う。絵の連続であって文章の代用にもならないことはない。最近私は知らぬ間に、かなりの活動写真愛好家となりつつあるようだ。しかしそれはよくよくいいものでない限りは往来を散歩している方が幸福ではあるけれども。
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私は子供の時分から退屈をすると、よく戸棚やひき出しや本箱を掃除する癖がある、そして古めかしい煙管のがんくびや昔のかんざしの玉、古物の箱などを探し出して悦ぶのだ。時には思わぬ掘り出しものをすることがある。
近頃でも私は退屈すると物置へ入っ
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