は全くの普通事だといえばさようらしくもある。中元御祝儀と暑中見舞と、相変りませず御愛顧を願わなければ全く以て、食って行けない時代であるかも知れない。しかしながら、さように苦労してまで描かねばならぬほど面白い油絵でありかつ売れる見込みのあるべき油絵ではあるまいと思うのだが。
私は秋の期節《きせつ》になると近頃よくこんな事を考えさされるのである。
迷信
人は死ぬと、必ず六道の辻というところを通るべき筈になっているそうです。
私という人間が、ちょうど六人あればこの道の六つとも残らず見物することができて、はなはだ面白いのでありますが、私は一人しかないので、何と奮発してもその一道だけしか味わうことが出来ないというのはほんとに遺憾なことであります。
そこでわれわれは六道の辻に立って、その選択には随分頭を悩ます次第であります。その上そこには名勝案内の広告など立っていて、極楽の有様などが大げさに描かれてあったりなどするとなおさら迷わざるを得ません。例えば蓮華の半座をあけて待っている美人などのポスターを見てはかなり遊心を誘われたりなどするので、まったくこの富くじは陽気浮気では引き難いの
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