めることはすこぶる、いい[#「いい」は底本にはなし]避暑となるものである。私は青いガラス玉を透して電燈の光を覗くのが好きだ。
 とても美しく涼しそうな極楽世界を眺めることが出来る。蛍や人魂が夏に飛んでくるのも、西瓜やトコロ天が店さきに並ぶのもみな、半透明の誘惑であり結構な避暑のモティフである。瀧は水であってなおかつ光を兼ねている。瀧を遠望すると活動の映写口から出る白光の感じがする。そしてガラス玉であって水晶でもある。涼しいわけだと私はおもう。

   池

 私はあの東京の大地震の時、幸いにも恵まれた二個のドーナッツ[#「ドーナッツ」は底本では「ドーナツ」]を大切に抱いて、やっと一夜をすごしたことがあった。しかしその時、人間の世界には水分が一滴もなくなっていた。それで折角のうれしいドーナッツ[#「ドーナッツ」は底本では「ドーナツ」]も、乾いた海綿の如く口中に充満して私は悲しかった。以来私は一杯の水、一滴の雨水を結構と思うようになった。
 昔から山水というよい言葉がある。山だけの風景は震災のドーナッツ[#「ドーナッツ」は底本では「ドーナツ」]である。私は昔から、奈良の風景を愛する。ただ惜
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