ったりするのをみると、何と気楽で素直で晴々とした心がけかと思い、あんなふうに万事を片づけて行きたいと私などは思う。
 その代り大阪人同士が仲よくこの心をお互いに反映し合っていると、多くのタキシー[#「タキシー」は底本では「タクシー」]がその尖端を避けながら混雑の中を走るが如く滑らかな光沢を生じて流れて行く。その光景は洗練されたる不思議な見ものだ。

 ある時、私はこの心がけで失敗したことがあった。それは母に頼まれてある結婚の話を断りに出かけたものだ。ところが先方の心を汲みはじめばなるほど、断るのは気の毒だというふうになり、賛成の意を現し始めたのだ。結局断りに行ってまとめて帰った。幸いにしてその夫婦の間ははなはだめでたいので結構だが、でも母が死んだ時悲しい中にも心のどん底でただ一つ私はほっとするものを発見した。
 あるいは旅に出る時行きたい希望と、その日の天候やその他荷物がうるさかったり、あらゆる条件が何かも一つ腑に落ちないがために、行きたい心と行きたくない心とが同じ分量で喧嘩を初め、とうとう朝から終日鞄を携げてうろうろして、結局やめにしたという馬鹿な一日もあったりする。かかるややこしい大阪弁が近頃は東京でも一般に通用するようになって来たと思う。私が試みに使ってみても誰も笑うものがなく意味がよく通じる。ややこしい言葉は今はもう大阪弁ではないようだ。大体誰にでもこの心がけが潜んでおり、それを滑らかに表現するのにはなるほど便利な言葉だと気づいたのかも知れない。その代りうるさい悩みはいよいよややこしく成長するだろう。

   展覧会案内屋

 私は花を買ったので描こうと思ってカン※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]スへ多少の色を塗り始めた頃、友人が電話をかけて来た。二科会で油絵が一枚買いたいと思うから案内してくれというのである。
 少しでもよい絵を撰択してやることは職責上当然のことでもあると思ったから早速承諾した。
 それから二人で会場をうろついていろいろの絵について私はいろいろと説明した。ところで私が弁士の如くさんざん重たい口から説明してしまってああ草臥《くたび》れたと思った時分に友人がいうのに、いくら君が説明してくれても、自分にわからない絵を買って客間へ懸けておくことは不安で堪らない。客間へ通る皆さんが口を揃えて立派な絵です、よい出来です、よいお買物をなさった、といって賞めてさえくれればまあよかったと安心も出来るが、来る者来る者皆その絵を見て変な顔をすると随分心細いという。
 なるほど実業家の客間へ毎日何人かの美術家が訪問するわけではないのだからあるいはそうかも知れないし、また日に五、六人も芸術家に[#「芸術家に」は底本にはなし]詰めかけられては、かなりうるさいことだろうし、また美術家というものはたまにやってきてもあまり他人の作品を賞めない傾向もあるものだから、無理もないことかも知れない。
 他人に問うても自分にもわからないものを懸けて心配しているよりは、自分にわかるものを買って安心している方が安心であるというのである。
 なるほどそれも道理だと私は思った。私はもう草臥れて饒[#「饒」は底本では「食へん+尭、第4水準2−92−57」になっている]舌《しゃべ》る興味もなくなっていたので、では君のわかる絵はどれだと聞いてみた。友人は各室を歩き廻って、会場中で一番つまらないと思われる花の絵を指して、これがいいといった。そして彼は剛情にこれを買うといって買約してしまった。私は友人のはっきりとした態度には感心した。
 さてこの絵を探すためになぜ私が呼び出されたのかわからなかった。
 私がもし日常無関係であって何の知識も持たないところの、例えば株券でも買おうと思った場合誰にも相談せずに、私の自信によってなるべく株券の図案の面白くて美しい気に入った奴ばかりを集めて金庫へしまい込んで、私はそれで安心していられるかどうか、まだ本当に買ってみたことがないからはっきりしたことはいえない。
 ともかく展覧会開催中はしばしばかかる案内屋で多忙である。
 これも致し方がないことであるが、私は時々トーマスクックやプレイガイドというふうに本当に信用出来る案内屋が出来たら客も画家も助かることかと考える。もちろん日本画には昔からそんな組織は整頓しているらしいが、しかし案内屋、宿引の人格を鑑定することは絵の鑑賞よりも厄介かも知れない。

   祭礼記

 甚《はなは》だ勝手な申分であるが、私は正月の元旦といえども、ふだん着のまま寝ころんでいたりして、常《つね》のままな顔がしていたいのである。
 しかしながら、世の中全体の人たちが、私の如く常の顔でころがっていてくれても面白くない。世の中はなるべく鹿爪《しかつめ》らしく儀式張ったり騒ぎ廻ってくれる方が、見ていて大変に変
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