化あり、かつ面白く、景気もいいようである。
 春夏秋冬、鳥は啼《な》かず、花は開かず、紅葉もせず、夕立もなく、雪も降らず、人間は貧乏と用事ばかりであったり、あるいは失業しているばかりでは、全く世界は憂鬱《ゆううつ》である。この憂鬱が、もし内攻でもするとそれこそ何か不祥な事でも起りはしないかとさえ思われる。
 何んとか一年のうちには雷が鳴ったり何か素晴らしい事があったり、やけ糞《くそ》でもいいから大騒ぎでもするとか、何かぱっ[#「ぱっ」に傍点]とした事があってほしいものである。
 しかし、大騒ぎといっても、戦争や米騒動などは、如何に素晴らしくともあまり好ましいものではない。あの怖《おそ》ろしかった米騒動の時、私は時々見物に歩いて見たが、あののぼせ上っている人たちの様子が、かなり愉快そうに見えたことがある。私はこれは不気味な祭礼の一種ではないかとさえ感じた。先ずさような喧嘩腰《けんかごし》でないものを私は望むのである。
 そんな意味からいっても、私は人間界には祭礼というもののあることなどはいい事だと思っている。
 今は、全国的に衰えて来たようであるが以前は夏祭や秋祭、あるいは盆踊、地蔵祭などいうものが、随分盛大に行われたものである。田舎の事を私はよく知らないが、大阪の夏といえば、先ずこの夏祭などは、殊に目に立って勇ましくうれしいものの一つであった。盆踊や地蔵祭なども市中いたる処に催おされたものである。ちょっとした空地《あきち》さえあれば、賑《にぎ》やかな囃子《はやし》につれて町内の男女は団扇《うちわ》を持ってぐるぐると踊り廻っていたものだった。これは米騒動よりも優美なものであった。
 大体、大阪の夏は随分暑いと思う。東京は夜になれば、何んとなく冷気を覚えるが大阪は夜も昼も暑い。この暑くてながい夏の退屈を忘れるためにも、この祭礼事は頗《すこぶ》るいい思付きである。だがこれはもともと古人の発明にかかり、神様を主とした催し物であるから、その後非常な勢いで変化を来たした。現代の若い者にとっては、どうも多少折合のつかない催し物となって来たようだ。その上、風俗上の取締りも厳しいために、世の中全体もこの祭礼をよい加減に取扱う傾向を生じて来た。従って最近、大阪の夏祭も全く衰微してしまった様子である。
 夏の祭礼のみならず、正月の儀式さえも今は一枚の年賀郵便で片づけ、あとは私の如く寝ころんでいるか、旅へ逃げるものが多くなった。殊に私らの仲間ではうっかり羽織袴《はおりはかま》でも着用に及び、扇子を持って歩き出そうものなら、それこそ馬鹿|奴《め》と叱られる位の進歩をさえ示して来たのである。ところで、こうなると、せめて金でもあったら、また何んとか工夫もつくが、貧乏であっては正月の三日間位退屈な日はないということになって来た。夏祭などはただの休日という感激のない日となってしまったのである。
 私の子供の時分の夏祭は、まだなかなか盛んなものであった。大阪の市中には各所に沢山の氏神《うじがみ》が散在し、それが今もなお七月中にその全部が、日を違えて各々夏祭を行うのである。その氏神を持つ町内の氏子《うじこ》の男女たちは、もう一ケ月も前から揃《そろ》いの衣裳《いしょう》やその趣向の準備について夢中である。当日になると、各町内で所有するところの立派なふとん太鼓[#「ふとん太鼓」に傍点]や地車を引ずり廻るのである。町家は軒へ幔幕《まんまく》を引廻し、家宝の屏風《びょうぶ》を立てて紅毛氈《あかもうせん》を店へ敷きつめ、夕方になると軒に神燈を捧《ささ》げ、行水《ぎょうずい》してから娘も父親も母も[#「母も」は底本にはなし]息子《むすこ》も、丁稚《でっち》、番頭、女中に至るまで、店先きへ吉原《よしわら》の如くめかし込んで並ぶのである。今とちがって、いくら並んでいても町幅が狭い上に、電車とか円タクがこの世へ姿を現わしていなかったから街路は暗く、長閑《のどか》なものであった。
 この長閑な町内を、自慢の地車やふとん太鼓が、次から次へと囃《はや》し立て、わいわいとわめきながら通るのである。私などは、この囃子が遠く聞えて来ると胸が躍《おど》ったものである。その地車の後から近所の娘たちがぞろぞろとついて行くところは、まだ何んといっても、徳川期の匂《にお》いを多量に含んでいたものだ。
 しかし徳川期の匂いも今考えると徳川期だけれど、当時の私にとっては、決して有がたくも何んともなかった。ただ周囲の様子が尋常でなく興奮しているのと、地車や何かが通るのがうれしかったのだ。
 かような騒ぎはうれしかったが、困ることには、私は父の命令によって、いやに儀式ばった挨拶《あいさつ》を来る人たちへ強《し》いられたり、着たくもない妙な仰々《ぎょうぎょう》しい着物を着せられるのであるそれが泣くほど辛《つら》か
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