まね》て手のとどかぬ時にもっさりが起ってくるようだ。
うっとうしい[#「うっとうしい」に傍点]と言う言葉は、用い処はほぼもっさり[#「もっさり」に傍点]と似ているが、も少し陰鬱《いんうつ》であり深刻な味を有《も》ち多少のうるささ[#「うるささ」に傍点]を持つ。うっとうしいお天気というのは普通だが、うっとうしい[#「うっとうしい」に傍点]顔するな、うっとうしい奴が来まっせ[#「うっとうしい奴が来まっせ」に傍点]、そんなうっとうしい[#「うっとうしい」に傍点]事は嫌だ、うっとうしいマチス、うっとうしいヴラマンク、等に使って差支《さしつか》えない。もっさりした何々よりも今少し下卑《げび》て悪性のものにして下手さも深刻である場合にこの言葉が適用される。
芸術家の髪、長く垢《あか》じみて、親の金で遊んでいるくせにわれわれプロはという時、甚だうっとうしく[#「うっとうしく」に傍点]なりがちであり、あるいは男のくせに妙に色気を肢体《したい》に表してへなへなする時、うっとうしい[#「うっとうしい」に傍点]男となるものである。その他うっとうしいズボンといえばモダンボーイの事であり、うっとうしい頭といえば下手《げて》で大げさな耳隠しともなる。
その他、絵かきさんと心安くなるのも結構ですが、いらぬ絵を持ち込まれるのがうっとうしゅう[#「うっとうしゅう」に傍点]てという言葉もしばしば聞かされる事である。
うっとうしいに対してはでな[#「はでな」に傍点]という言葉もある。水死美人が浮上った時、はでな[#「はでな」に傍点]もんが浮いてまっせという。八百屋《やおや》の女房が自転車に乗って走ったらはでな仕事[#「はでな仕事」に傍点]となるし、百号を手古摺《てこず》ってナイフで破ったといえばはでな[#「はでな」に傍点]事をしたと感心してもいいのである。とにかく関西にはかなり便利で意味深きなおかつ深刻にしてユーモアの味を含めるいろいろの言葉のある事を私は面白く思い、ちょっと紹介したまでである。
ノスタルジー
1
私は画家き[#「画家き」は底本では「絵描き」]である、したがって絵でものを現すことは比較的らくに出来るが、同じものを文章で現そうとすると随分の苦労を感じる。
例えばある男が腹を切っている形を絵で描けば、人はなるほど切腹していると思ってくれる。そして凄いとか、いやらしいとか、あるいは線が美しいとか、何とか勝手に思ってくれればそれでよいので別段切腹に前後の解説をつける必要はない。観者が何と感じてくれてもそれは勝手であって画家の仕事はそれですんで行く。
ところで文章の場合では、前後の関係もなくただ唐突に切腹したと書いてみただけでは、一体何が切腹したのかわからない。も少し詳しい説明がないと合点がいかない。一体誰がどんな顔をして、どんな原因からどこで腹を切ったのか、そしてそれからそのあとはどうなったか、由良之助は臨終の間に合ったかどうかということまで気にかかって来る。随分うるさく説明してようやく切腹が多少明瞭になってくるのである。
切腹を一枚の絵で片づけることに馴れている私達の神経ではまったく原因、道筋、苦労、結果等を洩れなく整えて説明したり、穿鑿したりする文章の仕事は随分骨が折れることである。時には神経が衰弱するおそれさえ伴うように思えて堪らない。
自分で文章をかくこともかなり辛いが他人のものを読むこともかなり辛い。私はまず短いものなら何とかして読むこともあるが、一冊とまとまった書物はどうしても読み得ない。したがって他人の創作なども殆ど読んだことがない。
私は私の親しい小説家の小説でさえ読んだことがなかったりして、時にははなはだきまりのよくないことに出会うことさえしばしばある。
何しろ画家は一目で観賞することにのみ馴れ切っている。まったくどんな大作でも一寸[#「一寸」は底本では「ちょっと」]四角のミニアチュールでも要するに一目でわかる。展覧会で二千点の絵を鑑別するのに三日間を要するだけである。もし二千巻の論文を鑑査することであったら、それにはどんな方法があるのか、私には想像もつかない。怖ろしいことだと考えられる。
その点、活動写真は大変われわれにとって便利なものだと思う。絵の連続であって文章の代用にもならないことはない。最近私は知らぬ間に、かなりの活動写真愛好家となりつつあるようだ。しかしそれはよくよくいいものでない限りは往来を散歩している方が幸福ではあるけれども。
2
私は子供の時分から退屈をすると、よく戸棚やひき出しや本箱を掃除する癖がある、そして古めかしい煙管のがんくびや昔のかんざしの玉、古物の箱などを探し出して悦ぶのだ。時には思わぬ掘り出しものをすることがある。
近頃でも私は退屈すると物置へ入っ
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