な二つの目と、一つの鼻と、一つの口位の造作によって、あらゆる人相を現しているのと同じような心がけである。

 しかし、中折れやソフトは、形をいかようにも崩すことが出来るけれども、山高帽子やシルクハット等はあらゆる階級、人相へ直に当てはめることが困難である。もちろん、日本では山高は正月と葬式と赤十字社総会において、人は押入れから取りだすけれども、いかにもそれが葬式臭く、総会臭くて、その帰途、ちょっと活動やカフェーへ立ち寄ることがおかしくてたまらない。
 だが、フランスでは常に山高帽子を被る男が非常に多い。もちろんもっと以前は現在の中折れと同じ程度に山高を被ったものだそうである。この形正しい山高でも、皆のものことごとくが被ったら、またその被り方を考え、あるいは顔の相形をば山高へ調和させるべく引きずったりすることであろう。したがって山高時代の西洋人は、現在よりも皆儀式ばった顔をしていたに違いない。
 もちろん、古いロンドンの名勝写真には、往来の人みな、シルクハットを被って歩いているのをみたことがあるが、随分何かと几帳面でうるさかったであろう。
 私がパリへ着いて間のない頃だった。洋服単笥の錠前が損じたので、宿の女中につたえておいた。するとやがて、一人の山高の紳士が私を訪問したので、これは一体何だと思っているとその後から女中が現れて、錠前屋さんですといったことがあった。パリでは、ヴァイオリンを弾く立ちん坊が茶色の山高を被っている。大変意気な形である。そして、衣服は破れ汚れているにかかわらず、カラーだけは白いのをつけているところは、山高の形正しきものへの重要なる調和を保つべき心がけからだろうと思う。
 その点日本の田舎の校長が式場に臨む時の山高が意気とは見えない。フロックの背にしわがよっていて、ネクタイがゆがんでいて、顔が多少いびつであったりすることもある。まず大体からいえば、日本人にとっては山高などは似合わない帽子であるが、幸いにも左様な正確な様式のものはようやく衰えつつあることは日本人にとっては何よりのことかも知れない。

 要するに、どんな形のものであっても、それを皆のものが被り着なれてくることによって、着こなすだけの工夫が現れてくるものである。したがって買いたての帽子、仕立ておろしの洋服、新調の靴、もらいたての細君位ぎこちなく、自分自身になり切れないものはない。
 私
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