の学生時分、人からソフトをもらったことがあった。どんな形にして被ればいいか、まだよく飲み込めていないその夜、浅草千束町の銘酒屋を観賞して廻った。その時障子の中から一人の女が、随分似合わない帽子を被っているわね、と叫んだものだ。私は、私の心の穴をえぐられた心地してびっくりしたことを今に忘れ得ない。しかしながら一目にして観破するところの随分敏感な女の神経に敬服したものだった。
 その代わり被り慣れた帽子こそはわが手足でありわが顔、鼻、口である。いかにお粗末であり、汚れていても捨てるに忍びない愛着を生じる。
 帽子は西洋から日本人の頭へ渡来したが、散髪もまた渡来せるものの一つであろう。帽子は頭へ戴けばそれでいいが、散髪は自分自分の毛髪をもって製造する性質のものであるから、髪そのものの質が問題になる。西洋人の髪は綿の如く軽く細く柔軟であって、ちぢれている。その髪から起こった散髪の種々なる様式である。
 古来日本人の自慢とせる髪は重く、長く、硬直で黒く、房々とせるものである。したがって支那の弁髪や日本髪を結ぶにもっとも適当であった。と同時に散髪し、オールバックにし、耳隠しとし、波を与えちぢらせるには大変な手数と悩みを伴うものである。だがしかし今更ちょんまげへ還元することは出来ないために、勇敢に東洋人はわが毛髪と戦っている。ただ一つ私は最近の断髪において、東洋人の髪が房々として適当ではあるまいかと思っている。

 それはともかく戦わせておくこととして、散髪屋から出て来た男や美粧院から飛びだした女達は、皆びっくりした如き表情をしているのを私は感じる。
 私自身も、散髪屋から出る時いつもそれを感じて不愉快になる。それでたびたび散髪する気になれない。やむを得ず一カ月一回位は行くが、ことに顔そりは嫌いだ。職人はかみそりを持って、その塩辛い指で私のくちびるを引張り廻すのである。それから頭を洗ってからポマードか何かをこってりとなすりつけ、一糸乱れずてかてかに光らせることである。私の好みでは、一糸乱れている方が心安くていいので、まア簡単にざっとやってくれと注文しても、職人へは一切通じない。彼は黙って一生懸命平手で髪をピッタリと固めてしまう。やがて鏡に映る私の顔が色魔医者の相貌となった時、ヘイどうもお待ち遠さまと彼はいう。私は出てから早速私の頭をハンケチでぬぐいひっかき廻してしまうのだが、でも
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