今更に何をか嘆かむ打ち靡き心は君に依りにしものを(万葉巻四)
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 調和した安らかな老夫婦は実に美しく松風に琴の音の添うような趣きがあって日本的の尊さである。
 君臣、師弟、朋友の結合も素より忍耐と操持とをもってではあるが終わりを全うするものもあるのであって、かような有終の美こそ実に心にくきものである。自分の如きは一生を回顧して中絶した人倫関係の少なくないのを嘆かずにはいられない。それはやはり自分の運命が拙いのであって、人間が初めから別離の悲哀を思うて恐れをもって相対することをすすめる気にはもちろんなれない。やはり自然に率直に朗らかに「求めよさらば与えられん」という態度で立ち向かうことをすすめたい。
 けれども有限なる人生において、事実は叢雲が待ちかまえているのは避けられないことを知る以上、対人関係はつつましく運命を畏む心で行なわれねばならないのであって、かりそめな軽忽な態度であってはならない。人生の遭逢は幸福であるとともに一つの危機である。この危機を恐れるならば、他人に対して淡泊枯淡あまり心をつながずに生きるのが最も賢いが、しかしそれではこの人生の最大の幸福、
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