のお手紙が参りました。私のことを自分のことででもあるようによく考えてくださいました。私も無理に東京に出なくてもよろしいのですけれど、自分らと尊い営みを共にする人々と、朝夕往復のできるようなところに住みたく思いました。しかしあなたのおっしゃるように東京に行ったとて心のおちつくわけでもありません。私はもっと耐え忍ぶ心を強くしなくてはなりません。自分のわがままな願いが自分を不幸にすることも多いと思います。
私は先日、ヘレン・ケラーの自叙伝を読みました。盲目で聾《つんぼ》で唖《おし》である彼女は、どんなにこの世の幸福から封じられねばならなかったでしょう。しかも忍耐努力して大概の書物は凸凹字に触れて読むことができるようになり聖書なども読みました。野に立てば温度や花の香などで野の心持ちもわかり、ひとりで湖に舟を漕《こ》いでは、藻《も》の香《かお》りや風のあたりぐあいなどで、舟の方角を定めました。そして月のかがやく夜などは、舟ばたから水に手を触れると、静かな冷たい月光をも感ずることができたといっています。私はこの女の生涯の苦労を思い、私などはまだまだ生きるために、フェボラブルな境遇にいるのに、失望
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