度お眼にかかりたいのですが、私もお絹さんも病気で寝ており、転宅の準備に忙しく取込んでいますし、あなたも学校の講義で忙しいことと思いますから、もしあなたにできるならば、京都駅で停車の間にちょっとでもお眼にかかってお別れしたく思います。お絹さんと地三とはしばらく明石に残り当分私だけで艶子はあとから上京することになっています。
 私はこの二十日ばかり腸を傷《いた》めて弱っていましたが、この頃ようやく恢復してきました。あなたとしみじみした別れをすることができなかったのを残念に思います。しかし、東京へはあなたはわりあいにたびたび出られることと思いますから、お眼にかかれる機会は少なくはなかろうと思います。私は先日「親和力」を読みました。そして実に感心しました。ゲーテの海のようにひろい、そして悠々としたおちつき、そしてそのなかに含まれた限りなく、複雑な要素、本当に磨かれた教養に感心してしまいました。礼儀とか作法とかいうものもゲーテにおいて最も適当な正しい意味で理解することができました。人と人との関係における、種々の心づかい、謙遜、節制などの用意にも感心しました。いたるところにゲーテの優れた、かつ耕さ
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