幌の農科大学を出た友人からの手紙なのです。三年昔の苦しい、血の出るような思い出が急に心に蘇りました。H・Hはたしかに結婚したはずです。してみれば去られて帰ったのでしょうか。なにしろ私は心が動揺しました。私はH・Hと結婚することが可能であっても、今は考えなければならない真実な問題がたくさんあってけっして軽率なことはする気はありません。三年の間に私の思想は、いうにいわれぬ淋しい無常な気持ちを植えつけられて、魂のあくがれははるかに遠いあなたに向かっています。私は今もH・Hを愛し、彼女の幸福のためにはどのようなことでもしてやる気です。しかし結婚することがどれだけ二人のために幸福かわかりません。また今そんなことをしたらお絹さんはどうしましょう。私はかわいそうです。とはいえもし今私がH・Hに会いでもしたら、どんな心になるかもわかりません。おそらくは衣の袖にすがって千行の涙を垂れて泣くでしょう。私はけっして忘れてはいないのですもの。
それやこれで私の心はちぢに乱れ、尾道にいたたまらずに、船に乗って遠くへ行って考えたいと思ってここまで参りました。雨が降って小さな汽船に揺られて、船に酔い、頭の底はしん
前へ
次へ
全262ページ中150ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング