何もかも身をもって知る態度を保ちたい。私らの案じなければならぬのは、心に大きな熱あり、飢渇ある思想感情の訪れなくなることではありますまいか。私はいい加減なところで収まって生きてゆきたくないと思います。
 便のおりに、正夫君の訳したフランシス伝の原書を正夫君に聞いて知らして下さいませんか。大切になさいますように。[#地から2字上げ](久保謙氏宛 二月十二日。鞆より)

   アリストクラート

 手紙と雑誌とをたしかに受取りました。「白樺の恋人」はただちに読みました。山のなかの神々しい湖水、山の人々の生活、そして人生のある道すじを辿《たど》ってる種々の青年とその個性の運命などを感じて読みました。私にはああいう背景の前にいでたる青年の会話と、それを透してうかがわれる運命というようなものが最も興味を動かしました。山のなかの景色や人の生活も私にフレッシュな心に適うたものでした。
 あなたは故郷で静かにおちついて暮らしていることと思います。「いたるところで調和を保つアリストクラート」として、周囲に集まる弟姉らをもさしてめんどうがらずに悠々と心のバランスを保って暮らしていることと思います。私はその
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