熱心に問いました。そして私はその農夫にキリストの生涯や、人間は相愛せねばならぬことと神様の命じなされたことなどを話しました。そして私の心の底にはひとつの満足がございました。昨夜はまた正夫さんと蚊帳《かや》のなかで、十二時頃まで眠らずに語りました。私はいかに長い間友なくして、自分の感情を胸のなかにおさめておかねばならなかったでしょう。そして正夫さんのように、私を信愛してくれるよき友と語り、訴えることは私には久しい間ゆるされなかったところの幸福でした、私は私たちの幸福の上に送って下さるあなたの祝福を待ち望みます。そしてそれはあなたのお心に適うことを信じています。
 あなたの御近状をお知らせ下さいまし。また書きます。今日は雨が降っています。私があなたにたよりを書き、艶子は読書し、正夫さんはダンテの「新生」の翻訳しています。雨があがれば、近日中に、町から一、二里ばかり隔った、牧場に行く気でいます。
[#地から2字上げ](久保謙氏宛 七月十二日。庄原より)

   被造物としての知恵と徳とを求めて

 坂手島でのたのしい健康な生活を終えて四十幾日ぶりにお母《かあ》さんの家にお帰りになされ、このたびは静かな心持ちで家のなかにも安住でき、家族の人々にも温かいこころを感じていらっしゃいますと聞いて私もやや安心いたしました。感じの強い人には共同生活はなかなか気苦労なものですのに、あなたのお宅は人と人との結びつかりがそんなにしみじみと濡れた愛でなりたっているわけでもないのですから、あなたのような方にはずいぶん居心地のわるいこともおありなさるのは十分に察せられます。けれどやはり私の申すまでもなく耐え忍んで調和をはかり愛で包むように努力するのが最も強い、博い、そして知恵のある仕方なのでしょうね。私はあなたがさまざまな 〔ungu:nstig〕 な境遇のなかで、かくも研究や仕事に精出しなされ、またまっすぐな心を保ち、また人生のあらゆるよきものをかりそめに逃すまいと種々な方面に注意を払いなさるのをまことにお強い尊いことに存じます。願わくばたゆまぬ努力と忍耐とをもってあなたの未来を開拓して下さい。私はあなたの将来を祝福します。そしてそこには幸福と成就とが待っているように思われるのです。あなたなどは、最もいろいろな意味で、プロミッシングな方だとおもいます。
 庄原にいらっしゃいました二十日間は、土地がつまらないのに、私はからだは弱し、何もかも心に任せぬことばかりで、あなたのお立ちなさった後でも、私はそのことが気にかかってなりませんでしたけれど、あなたのようにおっしゃっていただけば、私はまことに安心し、どんなに嬉しいかわかりません。またあなたは私の持ってるよき部分を理解して下さって、私を愛し、私との今後の交わりに大きな期待をおいて下さいます。私はまったく、それに相当しているとは思われませんけれどでもそうしていただくことはどんなに心強い、嬉しいことかわかりません。私はあなたの博い知識から私に入用なものを与えられ、またことにさまざまな verfeinern された、エステティシュな感情や趣味を教えられ、どれほどためになるかも知れませんのに、私はほとんど何ものをもあなたに与えることはできません。けれど人間と人間との交わりの契機はタレントではなくて、愛だと思いますから、こうして交わっている間には少しはあなたによき Vertu を及ぼすこともできるかもしれないと思います。
 私はこれまでの人と人との接触を重大な問題として暮らしてきました。そして幾度もつまずいた苦い経験を持っています。そのために私はいかにせば、私たちは、地上のものとして、よきコンスタントな交わりができるかということについて知恵が育つようになりました。私は、私たちの、人間としてのさだめを知ってのうえで、すなわち互いに救い取る力のないこと、完全には理解し合う知恵を持たぬこと、まったき愛を献げようと願いつつもなお自らのエゴイズムの根をもてあましつつあることなどを嘆きつつ、まったき交わりの理想に向かって憧憬《どうけい》しながら、赦し合って交わりつづけて行かねばならぬと存じます。互いを憐れむ、隣人の愛の基礎の上に友としてのスイートな接触をも要求せねばならぬと存じます。私はそのように用意したうえで、心をつくしてあなたを愛し、また赦しを期待してわがままをもさせてもらおうと存じます。私はあなたが「考えることよりも行なうことにおいて弱い」ことなども認めてそして許します。また私の数多き欠点をも赦していただき、お互いに未来に期待を持ち、尊敬と祝福を寄せたいと存じます。私は教会で集まりの終わり頃に、みな立って「主の祈り」を一緒にいのる時、「われらに罪を犯すものをわれ赦すごとく、我らの罪をも赦し給え」というところになるといつでも涙
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