た善き友を、このように、朝夕、私のそばに持つことのできるのは、神様の恵みなのでございましょう。私は、正夫さんが私のそばにいてくれるあいだ、私たちのミットレーベンをお守り下さいませと祈りました。私はやはり、バウエルやビュルゲルたちと一緒に、町の小さな教会にまいっていますので。
 昨日《きのう》は、私の部屋に据えてある古いオルガンで、正夫さんは、ほとんど終日、ブラームスや、ベートーヴェンなどをひいてきかせてくれました。また、正夫さんが近頃書いた短篇をいくつか読ませてもらいました。朝、町から十五、六丁はなれた森のなかの沼のほとりを散歩して、ほがらかな小鳥の声をきいたり、虫のたくみな巣をウォッチしたり、そして花を摘んで帰って正夫さんの机の上のコップに插したりしましたのちに、私たちは人生や芸術や宗教や、すべて私たちの、たましいの純なる願いとかなしみについて、互いに訴えたり、はげんだりしました。そして二人が今幸福であるがゆえに、私たち以外の人々の幸福についての、心づかいなどもしました。そしてやはり、人と人とのあいだの自由、自分の幸福を願うことが同時に他人の幸福になるような、メンシュリッヘ、フライハイトに達したい。そしてそれはできないことではないような、気がするゆえに、永く生きていたいなどと申しました。そして私たちは、私たちの今幸福であるように、あなたに今幸福でいてほしくてなりません。謙さん、あなたは今幸福に安らかに暮らしていらっしゃいますか。あなたは、あなたの家庭においてもかなり多くの心配や、弟や妹さんたちのための心づかいなどもあるでしょうね。妹へのお手紙でもそれらは察せられます。けれどそれらの心づかいはあなたの生活に尊い知恵と忍耐との味わいを滲み出させる一つの要素でもございましょう。どうぞ周囲の人々をいたわりつつ、あなたの生活を守って下さいまし、あなたはできれば、一つ勉強して何か書いて、私にも見せて下さい。私はあなたには博い、静かな、あのセザンヌの絵のような、平和な力のあるものが書けるだろうと思って期待しています。
 私は昨晩、町の汚ない教会で、町の人々の前に立って一つの説教をいたしました。その聴衆は田舎のピープルばかりです。そのなかに、正夫さんも来てきいていました。私のいったことは、あまり、理解されなかったようでした。けれど私の話しおえた時に、ひとりの農夫は私に神様のことを
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