にできる仕事を私に示して下さると信じてその命令を待っています。私の将来のために祈って下さい。
私らは毎朝一緒に聖書を読んでいます。この頃はヨブ記を読んでいます。私は妹を慈しみ、哀れな人々を助け、祈祷と勉強と養生とで静かに暮らそうと思います。
東京の春はそんなにプレザントなものではありますまいね。休暇にはどうなさいますか、当地もこの数日は風がはげしくて不安な天候でしたが、今日は晴れやかな暖かないいお天気でした。山を焚《た》く煙が青い空に昇ってるのがたいへん爽《さわ》やかな感じを与えます。この手紙は私のことばかり書きましたが、それは久しく無沙汰《ぶさた》したので私の様子を知りたいとあなたがたが思っていて下さると考えたからでした。宿もきまり心もおちつきましたからこれからはたびたび便りいたします。絵葉書はけっしてよくできてるとは思いませんけれど別府の絵ですから送ります。「青と白」はまだ妹が読んでいますからいま少し待って下さい。妹が読んでしまったら書留めで返送いたします。[#地から2字上げ](久保正夫氏宛 三月十九日。別府温泉より)
ヘレン・ケラーの事
私の手紙に行き違いにあなたのお手紙が参りました。私のことを自分のことででもあるようによく考えてくださいました。私も無理に東京に出なくてもよろしいのですけれど、自分らと尊い営みを共にする人々と、朝夕往復のできるようなところに住みたく思いました。しかしあなたのおっしゃるように東京に行ったとて心のおちつくわけでもありません。私はもっと耐え忍ぶ心を強くしなくてはなりません。自分のわがままな願いが自分を不幸にすることも多いと思います。
私は先日、ヘレン・ケラーの自叙伝を読みました。盲目で聾《つんぼ》で唖《おし》である彼女は、どんなにこの世の幸福から封じられねばならなかったでしょう。しかも忍耐努力して大概の書物は凸凹字に触れて読むことができるようになり聖書なども読みました。野に立てば温度や花の香などで野の心持ちもわかり、ひとりで湖に舟を漕《こ》いでは、藻《も》の香《かお》りや風のあたりぐあいなどで、舟の方角を定めました。そして月のかがやく夜などは、舟ばたから水に手を触れると、静かな冷たい月光をも感ずることができたといっています。私はこの女の生涯の苦労を思い、私などはまだまだ生きるために、フェボラブルな境遇にいるのに、失望
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