態しか通知できないことを赦《ゆる》して下さい。
 一時は実に不安な気持ちでしたが、止血の注射で、血もきれいに止まりそれとともに熱も平熱になって今日で三日ほど無熱です。この調子でゆけばほどなく恢復するだろうと思いますが、熱が一月以上続いたのでずいぶん衰弱しています。しかし医者は大丈夫恢復するというてくれますから安心して下さい。
 二月も今日ぎりで、人は春を待つ楽しい心地を感じる時候となりましたが、私は一つの部屋にたれこめてわびしい気がいたします。読み書きできないので心のやりかたがありません。屏風《びょうぶ》や、襖《ふすま》の絵模様など見るともなしにみています。悲しみにもなれた淋しい気持ちです。あなたの学業や仕事のよい実りを祈ります。東京ならあなたにも見舞いに来てもらえるのにこちらは友だちがひとりもありません。
 江馬君のうちで楽しい集まりがよくあるのですね。あなたのお手紙でその様子を想像されて私も嬉しくおもいました。私は健康の不安を非常に増しました。仕事が健康にさわるということは実につらいことです。江馬君は貧しいために時間がなく、私は病気のために時間があっても仕事ができないのです。どちらが不幸でしょう。どちらもつらいことです。しかし私は覚悟をきめて仕事をする気です。私の「出家とその弟子」は、「生命の川」へ出すと七月頃までかかるので岩波からひとまとめに出すことにしました。「生命の川」へはほかのを出します。
 お大切にして下さい。もすこし恢復すれば長い自筆の手紙を書きます。待って下さい。あなたの愛をこの頃はしみじみ感じます。

   あわれなる二十日鼠

 お手紙ありがとうございました。この頃は春らしくなりお天気つづきで東京もたのしそうになったことでしょう。私は今朝本当に久しぶりに二分間ほど干棚に出て街《まち》の上にかかる青空と遠い山脈の断片とを偸《ぬす》み見ましたが、もう春が地上に完全に支配しているのを見て驚いたほどでした。あなたはミルトンについての論文で忙しいのですね。やはり身を入れて丁寧にお仕上げなさるようにお勧めします。学校時代の終わる時の記念ですからね。私はだんだんと健康を恢復してゆきますから、悦んで下さい。安静にして何もしないでいれば熱も出なくなりました。しかし少し何かするとすぐに少し発熱するので、やはり読み書きも許されず無聊《ぶりょう》に苦しみます。しかしあ
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