のためにあなたは何ぼうにか心を暗くせられ、また便利のお悪いこととお察しいたします。この休暇中も東京にとどまって勤労の生活をお続けなさることにお定めの由、尊いこととは申しながら味気ない心地がせられることでしょう。お察し申します。けれどあなたの勤労は必ず報いられることを信じます。私は私があなたの境遇にいたら、持ちこたえる精神の力を失って、あなたの十が一の仕事もできはしまいと思います。まことにあなたの努力は感服いたします。私はあなたのことを思っては、私の怠慢な生活が心に咎められてもっと出精せねばならないと励まされます。
 あなたのいわるる「忍耐することによってそのものを所有する」という思想は、真実な深い意味があると思います。ひとつのことを経験することと、その経験を aneignen することとは別のことですね。私たちに、ひとつの思想が真に自分をつくる要素となるまでには、私たちはいかに忍耐と謙遜とをもって、その思想を実行しなければならないことでしょう。「新しい思想を知る」というような言葉を聞くと、私は不思議な気さえいたします。思想は知られるものではなくて、行ないながら、持たるるもの、身読せらるるものと存じます。あなたのいわれた「確実性」が「真実性」となりうるまでは自分のものとはいえませんね。
 あなたは謙さんのためにもお働きなされます由、私は実に悦びます。たとい結果がそれだけの運びにならなくても、そうするだけでどんなに美しいことか知れません。労働は必ず祝福せられます。私はあなたを祝します。あなたが御家庭でどんなふうにして暮らしていらっしゃるかは、およそ察せられて私は涙ぐみます。私は高い高いところからあなたにひどい裁きは下しません。
 あなたくらいにできれば、比較的にいえばほめるに価します。ただあなたのような人には、高いところから裁かるるに堪うる魂の力があると信じるものですから、いつも行なわれそうにもない理想からあなたを責めるようにも思われる態度でもののいい方をしているのです。私は人間の現実の心の動き方を知っています。そしてあなたに同情しています。どうぞあなたのその勤労の生活を常に純な愛の動機の上に建たしめるように、心を浄めることを忘れて下さいますな。
 あなたは私よりもずっとウングュンスチッヒな家庭で、常に忍耐していらっしゃいました。そしてその間でそれだけの知恵と徳とを積ん
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