えたかったのです。
けれどそこも乾からびた、倦怠な、貧しい村で、宿につくとすぐに私は帰りたくなりました。けれど私は三日のあいだ神に祈り、心を静め、はげましてその村で心をととのえました。「どこへ行ってもかなしいのだ」私は思いました。「私の運命を抱け、もはや私のかなしみは女を得れば癒されるかなしみではない。人間としてのかなしみで私のかなしみではない。人生の永い悲哀と運命の淋しさである。もう私は私に媚びる甘いものの影に心をひかれまい。運命を直視しよう。そして運命に毀たれない、知恵と力とにあこがれよう」私は山かげの暗い洞穴のなかで、渓川《たにがわ》の音の咽び泣くのを聞きながら、神様に祈りました。「神様、あなたは私を造りなさったとき何かの御計画があったのでしょう。なにとぞ、その計画を私の上に成就せしめ給え。あなたの地上になし給うよき仕事の一部に私をあずからしめ給え」
私は涙がこぼれて洞穴のなかで泣きました。外に出ると驟雨《しゅうう》に洗われた澄み切った空の底に、星が涼しそうに及びがたき希みのように輝いていました。その時私はふと聖者になりたいと思いました。そして奇蹟を行なう力と、挙げられて壇からはなれる徳とがなくては聖者にはなれないとあなたのおっしゃったのを思いました。あのとき私はまた思いました。「私はただ一つのクレアトールとして、造り主と、他のクレアトールとに対する徳を得たい、神に仕え、隣人を愛して、ひとりの力なき忠実な僕《しもべ》として生きよう」
そのようなことを考えて、宿へ帰る間私は幸福でした。そして私にはまだ残された未来と開拓すべき私の領地とがあるような気がして心強くなりました。私は帝釈《たいしゃく》の三日の間にしだいに希《のぞ》みを恢復《かいふく》いたしました。そして帰る日の朝には、宿の川向かいの貧しい家に夏蚕《なつご》を飼っているのを勤労の心地で眺めたり、宿の寡婦の淋しい身上話をしみじみと聞いてやれるほどおちつきを得ました。
そして「帰ったら勉強しよう」と決心して帰途に就きました。
車の上でもいろいろと考えてみました。そして将来の私の仕事についても、もはや二十五にもなり、学校へは行かれないのだし、考えてみねばならぬと思いました。
私は自分の生活をただちに隣人に献げたい、一つの芸術、一つの哲学として提出する才能はなくても、「生」を享《う》けたものは何とかし
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