き》まらぬうちに、自害する勇気はとてもあるまい。それに有王《ありおう》がついている。あの忠実な勇敢な下僕《しもべ》が。他のすべての家来《けらい》が皆そむき去っても、有王だけはきっと最後まで守護していてくれるだろう。(間)しかし、もしも、もしも。(間)わしの苦しみは決定《けつじょう》することのできない苦しみだ。決定する材料の得られない苦しみだ。しかも死んでいるか、生きながらえて恥を忍《しの》んでいるか、二つの凶事《きょうじ》の中《うち》から、決定しなくてはならないのに! わしは人間に想像力があるのが恐ろしい。不吉な想像よ。わしを放《はな》ってくれ。わしに息をつかせてくれ。
康頼 神様にすがりましょう。霊験《れいげん》あらたかな熊野権現《くまのごんげん》の利益《りやく》によって――
俊寛 もうよしてください。神の名をきくのもいやな気がする。私は信じません。われわれの神はすでにわれらを見捨てたのではないか。正しきわれらを。そして清盛の悪を祝しているのでないか。
康頼 神のことをそんな言い方なさっては――
俊寛 ちょうど暴虐《ぼうぎゃく》な主人に仕《つか》える犬が、幾たび鞭《むち》で打たれても
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