康頼 (うつむく)わしはそれを信じます。
俊寛 (ため息をつく)あゝ、あなたは囚徒《しゅうと》のごとく不安な態度で仏の名を呼ばれます。このたいせつな証《あかし》をたてるのにわしの顔をも見ないで――あゝ。
成経 (堪《た》えかねたるごとく)康頼殿の唯一の希望をこわすのはよしてください。
俊寛 いや。わしはわしの唯一の希望をこわしました。
成経 (俊寛の肩をたたく)われわれは今絶望する時ではありません。われわれは最後の瞬間まで勇士としての覚悟《かくご》を失いますまい。勇士の子孫としての誇《ほこ》りを。あなたはあまりに衰えました、わしたちがいかにあなたに信頼しているかを思ってください。
俊寛 わしはもうその誇りを失いそうです。
成経 蘇武《そぶ》は胡国《ここく》との戦争に負けて、異域《いいき》の無人《むにん》の山に飢《う》えた獣《けもの》のようになって、十五年間もさまよい暮らしました。しかしその困苦に耐《た》えきってついに漢王の都《みやこ》に帰ることができたではありませんか。
俊寛 あゝ、都よ、都よ、私はその都という言葉を聞いただけでも恋しさにふるえるようだ。
成経 帰れますよ、きっとも一度
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